グリーンランド ヌーク(2)

文字数 1,850文字

2015年3月14日

 “海氷荒らし” に関して書類にまとめられず、メルゲセイルフィヨルドの例から口頭で説明することにした。環境管理局のオフィスでライチョウとレミンを出迎えたのは主任の女性で、セツド村へ来てライチョウに仕事を依頼した三人の男達は誰もいなかった。
「局長が出ていて、もう少ししたら担当者が来ますので」
 女性にそう言われ、ライチョウ達は小さなオフィスの一角にあるソファーに案内された。左側の壁には今年秋にパリで開催される気候変動・地球温暖化問題を協議する国際会議のポスターが貼られている。
「コーヒーどうぞ」
「あ、ありがとうございます。あの、局長は今日こちらにはいらっしゃらないんですか?」
 ライチョウが主任の女性に聞いた。
「今日はイルリサットに行っているの。帰ってこないかも」
「イルリサットに・・・」
 局長とは三日前に電話で話していた。砕雪モビルの購入予約をしてくれた人だ。それと二月七日セツド村に来た時、ライチョウ以外に唯一彼だけが沿岸沿いで起きた熱波を感じ取っていた。
「なるべく局長と話がしたかったけど、帰国の連絡が遅過ぎたから仕方ないか」
「担当の人って会ったことあるんですか?」
 レミンが聞いた。
「多分仕事を依頼しにセツド村にやって来たうちの一人だと思う」


 十五分後、見覚えのある男性が一人オフィスに入ってきた。
「局長!?」
 主任の女性はライチョウ達と軽い雑談をしていたが、開いた扉の方に顔を向けると驚いて叫んでしまった。
「待たせましたね」
「今日はイルリサットに行くのでは・・・」
「オルボと交代したんだよ、こっちの方が大事だからね」
 ライチョウは立ち上がって局長と握手をした。セツド村で最初に会った時とは少し印象が違う。
「十四日間か。最後まで旅を続けてくれて、ありがとうございます」
「局長と直接お話したかったんです。こちらこそわがままも聞いてくださって、ありがとうございます」
 ライチョウは管理局から提出を求められていた各村への質問リスト、ライチョウ自身が独自にまとめたレポートを局長に手渡した。
「スバールバルでの収穫はありましたか?」
「ええ。コイド島の首長からお話を伺いました。北極海航路の東側ルート開拓とともにコイド島の東海岸に港が建設されます。時期は来年から。かつて僕の友人も言っていましたが、コイドカゼにとって北極海航路は民族存続の可能性です。コイド島については資料の最後に記載してあります」
「あなたは北極海航路拡大に賛成ですか?」
 いきなり結論を聞かれたことにライチョウは驚いた。
「僕は反対です。首長には北極海航路拡大の否定派ではないと言いましたが」
「十年二十年先には船がバンバン通ってるかもしれませんな」
 局長はにやりとして言った。
「そうかもしれませんね」
 ライチョウの返す冷たい声色。レミンは何か居心地悪く感じた。この場をピリつかせてどうするのだと二人に対して思ったのだ。
 ライチョウはその後メルゲセイルフィヨルドの湾奥で起きた流氷詰まりの話をした。そこから “海氷荒らし” の存在を局長に説明し、コイド島で自分達が実際に “海氷荒らし” に遭遇したことを伝えた。
「あの時の熱波か」
「僕の友人の環境活動家は不可思議な海氷の状態に気付いて調べていましたが、彼が亡くなって。世間にこのような現象が知られないまま一年が経ちました。調査を引き継げる専門家を募ることはできないでしょうか」
 局長は腕を組んで考え込んだ。
「グリーンランドには諸外国からあらゆるプロが温暖化の進行を探りに来ている。うちと懇意にしている研究者に相談してみましょう。無理だと断られても何とか引き継いでくれる人材を探しますよ」
「お願いします」
「今回の旅は砕雪モビルが大いに役立ったんじゃないですか?」
「ええ、局長、改めてありがとうございます」
「あっ、村長、」
 急にレミンが口を開いた。
「?」
「イットッコットーミーに砕雪モビルを置いてきましたよね、取りに行かないと」
「わかってる」
「イットッコットーミーか。今日中にセツド村に帰れますか?」
 局長が言うとライチョウは苦笑いした。
「今日はもう無理なんです。ヌークからイットッコットーミーへの便が朝のうちに出てしまったので」
「今日の宿代は出しましょう。セツド村までの交通費も」
「えっ!?いいんですか?」
「環号の隊長が言っていた通り、あなた達はしっかりと仕事をしてくれました。今回の旅の予算とは別に報酬も用意してあります。それにセツド村にも謝礼を送りたいと思っています」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み