フィンランド ビオマサキュラ(5)

文字数 1,456文字

ークーサモ行き ▽3時25分ー

 ビオマサキュラのバス停。始発の停留所でバスを待つのはライチョウとレミンだけだった。ライチョウはベンチに座って今回の調査報告書をまとめていた。提出書類はこれで最後となる。グリーンランドを出発して今日で十日、管理局から与えられたノルマは達成した。
「あ、モウコ博士ですよ!」
 モウコはライチョウ達を見送るため先刻までバス停にいた。が、渡したいものがあると言って自宅兼研究所へ戻っていた。
「バスが来るまであと五分てとこか。君ら以外誰もいないな」
「何を取りに戻ってたんだ?」
 書類を片付けながらライチョウが言った。
「ライチョウ、これはあんたが持っていた方がいい。サイガのキーホルダーだ」
 モウコがライチョウに渡したのはシロカモメのキーホルダーだった。
「サイガの?どうして・・・?」
「サイガが行方知れずになった砕氷船のデッキに落ちていたそうだ。しばらくの間大学が預かっていたのを譲り受けた。これはただのキーホルダーじゃないんだ」
 モウコはライチョウの隣に腰掛けた。
「海水調査用ラジオゾンデは意思を持たず、海の流れに漂うだけ。基本はな。しかし目的地の設定もできる。目的地というのは、このキーホルダーなんだよ。設定後ラジオゾンデはシロカモメ目指して動き出すんだ。わざわざこんな機能を作った理由が何かライチョウにはわかるんじゃないか?」
 飛翔するシロカモメはキーホルダーにしては重い。中に機械が組み込まれていると、ライチョウには持った時から想像がついた。
「ラジオゾンデを回収するためか」
「その通り。ラジオゾンデはシロカモメを目指して動くが、サイガ自身も砕氷船に乗ってラジオゾンデに向かっていったようだな」
 ライチョウの頭の中は様々な思考が巡った。モウコはシロカモメを見つめるライチョウに遠慮がちに続けて言った。
「それ、グリーンランドで買ったみたいだ。土産用のただのキーホルダーを、サイガの希望で俺がラジオゾンデとつながる仕組みにしたのさ」
「なぜこれを俺に?」
 三時二十五分 ーーー出発の時間だがバスはまだ来ない。
「サイガはライチョウに持っていてほしいはず」


 ライチョウはどんな反応をすべきか戸惑った。モウコはサイガの想いを知っているのだろうか?
「ま、ビオマサキュラにあるよりグリーンランドにあった方がいいだろう」
 ライチョウは何も言わずに頷いた。
「なあライチョウ、もしサイガに会えたら何を話す?」
 モウコの問いかけにレミンの方が驚いた。ライチョウが何と答えるのか、また自分がこの場にいていいものか迷う・・・
「砕雪モビルの広報活動の礼を言いたい。モウコが買ってくれたからな」
 ライチョウが言うとモウコは笑った。
「そうか。あんた達は互いに良い影響を与え合ってたんだな」
 バスがやって来た。ライチョウとレミンはバックパックを背負うと、バスへ向かう前にモウコと別れの挨拶を交わした。
「気を付けてな。スバールバルで何かわかったことがあったら教えてくれ」
「ああ、必ず連絡するよ。ビオマサキュラでモウコと出会えて良かった。ありがとう」
「ホテルのランチ、ごちそうさまでした!」
 ライチョウとレミンはバスに乗り込むと最後部座席に座った。バスは発進し、モウコの姿はあっという間に見えなくなった。


 もしサイガに会えたら・・・
 ライチョウはモウコが投げかけた質問について再び考えた。砕雪モビルの広報活動の礼も伝えたい。しかしノールカップ岬で言えなかったことが何より先だ。サイガにもう一度会えたなら、告白の返事をしなければ。
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