第33話 ヒロト17

文字数 1,911文字

 ヒロトのアパートの近所のコンビニに求人募集の張り紙があった。
 彼はこれまでアルバイトをしたことがなかった。
 家でゲームをするくらいしか趣味がないのでお金を使う必要がなかったし、対人関係に苦手意識があったからでもある。
 しかし、毎週テンカラに行っているせいで、お金に窮してきた。
 入場料は前売りで500円だったが、握手券やチェキ券の購入費用がいるし、デートをした時は飲食代も入れて13000円くらいはかかった。 
 うちわやサイリウム、タオル、Tシャツなどさまざまなグッズがあり、毎回何かを買っていると予想以上にお金がかかった。
 
 コンビニに申し込みに行くと、たぶんバイトなのだろう、レジには大学生くらいの店員がいた。求人に応募しに来たのだと言うと、「店長、お願いします」と大きな声で言った。すると、レジの反対側の壁の折り畳みドアが開き、もじゃもじゃ頭の三十過ぎの男が出て来た。
 レジの男が「求人募集に来たそうです」とつげると、もじゃもじゃ頭はそのドアの後ろの部屋にヒロトを招き入れた。
 段ボール箱が何個も床やスチール製の棚の上に積み重ねられていた。寝台車のようにカーテンで仕切りをされた狭いベッドもあり、その横にはスチール製の大きな机と4つの椅子があった。
 男は店長と名乗り、ヒロトに椅子に座るように促し、自分も座り、履歴書を見た。それから仕事の説明をした。
 仕事の内容はレジと品出しで、勤務時間は月曜から金曜までの午後10時から午前2時である。
 終了時間が遅いのが気になったが、アパートまで徒歩数分なので、2時半には床につける。普段でも2時過ぎまでゲームをしたりネットを見たりして起きていることがある。深夜なので、時給は高い。
 ヒロトが了解すると、即座に採用された。
「明日から来れますか?」と言うので、「大丈夫です。分かりました」と答え、書類に押印し、それで終わりだった。
 翌日から働くことになった。
 
 後で知ったことだが、コンビニにはコンビニ会社が経営する直営店と、会社とフランチャイズ契約を結んだ個人が経営するフランチャイズ店の二種類があり、その店は直営店であった。 
 正社員は二人いて、店長と副店長なのだが、一日置きに勤務している。
 バイトは平日の朝から夕方まではパートのおばちゃんがいて、夕方から夜は先程の大学生の男が、深夜はヒロトが店長や副店長のアシストをする。それから朝まではほとんど客が来ないので、社員だけがいる。
 土日は別のバイトが来ているとのことだった。

 ヒロトの勤務は深夜の時間帯なので、普段の生活では決して出会うことのない人がいっぱい来た。
 着物を着たクラブのママさんのような人やオカマバーの(オジサンの)お姉さん、薬指の欠けた中年の暴力団員と思われる人もいた。

 中でも一番煩わしかったのは、店では「カップヌードルおじさん」と呼んでいた初老の男性である。
 その人は白髪で紺の着物を着ていて、週1くらいの頻度で、カップヌードルだけを2、3個買いに来る。
 そして、その時にフォークも一緒に袋に入れなければ、激怒するとのことだった。
 そのおじさんが来る度に、ヒロトは緊張した。しかし、いつも支障なく対応出来た。
 が、ある時、そのおじさんが来た時にレジ横の箱の中にフォークが入っていなかった。
 カップヌードルの入った商品箱には、プラスチック製のフォークが入っているのだが、個数分はない。カップヌードルだけを買う客が多いので、個数分だけ入れる必要がないというメーカーの考えなのだろう。それでフォークがない時もある。
 そうならないように気をつけていたのだが、その日は月曜だった。
 カップヌードルおじさんは平日にしか来ない。後で知ったことだか、土日のバイトが新しい人に変わっていて、そんな事情を知らずに残っていたフォークをすべて客に配ったそうだった。
 ヒロトは焦った。そして、レジ横の箱に無料の割り箸があることに気づいた。彼は怒られないよう何も言わずに、カップヌードル2個と割り箸2本をレジ袋に入れた。
 それを見た途端、男は顔を真っ赤にして、ヒロトの顔に向かって人差し指を突き出して、怒鳴った。
「貴様あ!こんなもので食えると思っているのかあ!」
「すみません。フォークを切らしていたので」
「いらん!こんなものいらん!ふざけるな!」
 ヒロトが頭を下げて謝るのも聞かず、レジにカップヌードルを置いたまま、男は興奮した様子で店を出て行った。

 品出しをしていた店長が近づいて来た。
「なんで箸で食えないのよ。食えるじゃない」
 そう言いながら、財布を出して、代金をレジの中に入れた。
「なあ、小林君、後で交代で食べような」
 
  
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