第39話 謙介20

文字数 1,801文字

 北海道フェアと銘打って、うにや蟹、いくら、鮑などの料理を格安の値段で出す和食レストランをネットで見つけた。
 11月はその店の近くのホテルに泊まることにした。
 真維は和食が好きなので、そういうのも好むだろうと思っていたが、メールで料理の写真を送ると、案の定、「うれしい。こういうの大好きです。楽しみにしています」と返って来た。

 ホテルのロビーで待ち合わせて、レストランまで歩いてゆく。
 彼女はピンクの柔らかな布地のコートを来ていた。
「あ、それ、本当の誕生日に買ったやつだね。ツイートしてたよね」
「はい、小林さんに買ってもらったものです。ずっと欲しかったので、つい自慢してしまいました。まずかったですか?」
「いやいや、とんでもない。喜んで貰えて嬉しかったよ」

(ずっと欲しかったコートをついに買いました!ジャジャーン!)と彼女は写真付きでツイートしていた。
 それに対して、ファンから「とっても似合っていますね」とか「素敵です」とか「可愛いコートですね」とリプがあり、それらを読む度にうんうんと相槌を打ち、満足し、優越感に浸っていたことを思い出した。
 
 途中に大きな陸橋があった。
「あ、ここ」
 真維は立ち止まった。
 訝しげな謙介に対して、
「6月にここでビラを配っていたのです。その時、あっちに夕陽が金色に輝いていて、空がオレンジ色に染まっていて、すごく綺麗で夢の中にいるみたいでした」
 そう言って、西の方を指した。
「そうなんだ」
 気乗りなく答えた。景色には興味がなかった。
「ビラを配ったりするんだ」
そちらの方が気になった。
「東京ドームで、乃木坂のコンサートがあったのです。それでビラを配っていたのです」
「乃木坂のファンにビラを配るの?」
 言っていることがよく理解出来なかった。
「そうです」
「何で?」
「アイドルに関心のない人よりも、アイドルのファンの方が私達のファンになってくれる確率が高いのです。メジャーなところよりも私達の方が距離が近いから、推し変してくれる人もいます。けど、メジャーも応援し、私達のファンにもなってくれるという人が多いかな」
「へー、そうなんだ」
 なんだか残りものを狙うハイエナ商法というか、おこぼれを預かる小判鮫商法のようなみみっちい感じがする。
 彼女が可哀想に思えた。そんなことしてプライドが傷つかないのだろうか?そう思ったが、口には出せなかった。
「大変だね」
「そうなんですよ。2、3日前に、この日ビラをここで配るよと運営から連絡があるので大変です。都内だけでなく横浜まで行く時もあるし。
 あと、ゲリラライブといって、告知なしで突然公園や駅前でパフォーマンスをするのですが、それも急に言ってくるので大変です。ネットでの配信も急なことが多いですしね。
 でも、夜ばかりなので。だから、昼で帰れる弁当屋さんのバイトは都合がいいので、ずっとやっているのです」
 歌や踊りのレッスンやゲリラライブなどについてはブログやツイッターで知っていたけれど、ビラ配りのような下働きもするとは知らなかった。
「それは大変だね。で、思い出したのだけど、ツィッターで質問タイムをしているじゃない。あれも相当大変でしょう?」
「ええ、そうなんです。めちゃめちゃ大変です。以前は30分にしていたのだけど、多すぎて、返事を書いているうちに寝落ちしたことが何度かあります。それで運営や他のメンバーと相談して10分に変えたのです」
「エッチな質問して来る人もいたよね。最近見かけなくなったけど」
「いました。いました。すごく嫌だったです。でも、なんとかかわしているうちに、来なくなりました。きっと反応してくれる他の人に移ったのだと思います。ホッとしました」
「ああいう人はライブに来るファン、……なんと言ったっけ?」
「バイヤーさんですか?」
「そうそう、バイヤーさんではないんでしょ?」
「違います。ツィッターやブログに投稿してくる人の大半はバイヤーさんではないのです。でも、遠方に住んでいてライブに来たくても来られない方もいるだろうし、CDを買ってくれる人もいるので、邪険には出来ません」
「そうかあ。でも、大変だね。メンバーの中で、君がダントツでブログの更新回数も多いし、質問タイムをする回数も多いし、真面目なんだな」
「いえいえ。若くないし、一緒懸命するしか取り柄がないので」
 真剣な表情で真維は言った。
 
 

 
 


 

 
 
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