第42話 ヒロト21

文字数 2,213文字

 居酒屋に行くと、いつもはみんなから「どうだった?」とか「チェキ見せてよ」とか、デートの感想を聞かれるのに、今日はどこかよそよそしい感じがした。
「え、なんか変。何かあったの?」
正面に座っていたタクは「やあ」と答え、曖昧な笑みを浮かべた。
「教えてあげた方がいいですよ。知らないのは酷ですよ」
 リクが言った。
 タクは困った顔をして、みんなの方を向く。 
 多田さんが頷いて、ヒロトにスマホを見せた。
「さっき別のグループのバイヤーが写真を送ってきたのだけど。これ、まい姐だよね?」
 女性と男性が並んで歩いている写真であった。 夜で暗くて画像も粗いので、顔ははっきりとは分からないが、髪型や背格好からして女性は麻衣のように思えた。色もピンクかどうか判然としないが、先程来ていたコートと同じようなコートを着ている。
「ああ。……たぶん、そうですね」
「やっぱり、そう思うだろ。横は誰だと思う?」
髪型や服装からして年配の男性のように思われた。
「お父さんじゃないですか?」
「うん、そう考えるわな。でも、お父さんではないんだよな」
「え、お父さんを知っているのですか?」
「ああ、三年前かな。まい姐がテンカラに入ってすぐの春の大感謝祭の時にお父さんとお母さんがライブ前に支配人や皆んなに挨拶しに来たことがあってね」
「そうなんですか」
「俺だけでなく、タクやミツルさんも会ってる」
 多田さんはタクの方を見た。タクは頷き、口を開いた。
「確か、まい姐の身長は160以上だったよね?」
「うん、プロフィールでは164センチになっている」
「そうしたら、隣の男の人は170センチ以上はあるよね?」
「うん、そうなるな」
「でも、まい姐のお父さんは小柄で細い人だった。身長は僕と同じくらいだから160少しだったと思う」
「そうなんだ。では、この人は……」
「若くはないよね?年配だよね?」
ヒロトはもう一度写真をしっかり見た。どことなくオヤジに似ている気もする。が、まさかそれはあり得ない。

 タクが口をつぐんだ。
 それを受けて、ミツルさんが切り出した。
「みな子さんと唯ちゃんとまい姐は一人住まいだよな。それで、テンカラの給料では食っていけないから、みんなバイトをしている。どんなバイトかは分からない」
テンカラはメンバーがファンと私的交流を持つことを禁じている。というか一番嫌っていて、絶対禁止である。メールアドレスや電話番号、住所はもちろん、個人を特定される情報は一切公開しないことになっている。
 だから、バイトをしているとか東京に住んでいるとか神奈川や埼玉に住んでいるなどの漠然とした情報はいいのだけど、どんなバイトをしているとか、最寄りの駅はどこかとかを聞くことはNGであり、そういう質問をすると鑑定さんから即座にストップがかかる。
「俺の推しの唯ちゃんは、おしゃれ番長と言われるくらい服やアクセサリーや化粧品など、そこそこ値のはるものをたくさん持っている。しかし、テンカラの給料とバイトではそれだけのものは買えないのではないか?で、パパがいるのではないか?という噂もある。まい姐のピンクのコートもブランド物で、5、6万はするのに、そんなの買えるのはパパがいるからではないか?という話になってね」
「まさか。this is アイドル。アイドルの鏡のような麻衣さんがそんなことをする筈が……」
「テンカラのメンバーは、スタッフやファンとの恋愛は禁止だけど、他の人との恋愛は禁止されていないから、規則を破っているわけではないよ」
「確かにそうだけど、パパ活とは……」
「俺はラブラブな恋人がいるより、まだパパ活の方がいいけどな」
「僕は嫌だな。恋人の方がいい」マモルが口を挟んだ。
「いやいや、パパ活とかあくまで想像で、決まった訳ではないのだし。これからどうするかという話でしょう」とタク。
「ああ、そうだな。このまま黙っておくか、まい姐に真偽の程を確かめるかだよな」と多田さん。
「この写真は出回っているのですか?」
 ヒロトはたずねた。
「いや、それこそガロさん達が知ったら、発狂して何をしでかすか分からないから、写真を撮ったバイヤーさんがこっそり多田さんにだけ打ち明けたんだよ」
それならこんな盗撮なんかしなければいいのにと思った。
「真偽の程を確かめるって、麻衣さんに直接聞くのですか?握手会の時に?」
「いや、周りの人に聞かれたらマズいので、握手の時はだめでしょ。試着会の時にしよう」
「鑑定さんの目を盗んで?」
「そう、鑑定さんもずっと引っ付いているわけではないし。例えば、鑑定さんが料理を取りに行っている隙とかに」
「そんなことが出来るのかなあ?で、僕が言うのですか?」
「もちろん、ヒロ君もだけど、ジャンケンで勝つ確率を高めるために多田さんも参加したらどう?」と、ミツルさん。
「いやあ、俺はめっちゃめちゃジャンケン弱いからなあ」
 多田さんは頭を掻いた。
「そんなことないですよ。欲で目が血走ってる時はさっぱりダメだけど、欲がない時はむしろ相当な強運だと思いますよ」
「そうかなあ。じゃあ、まい子はずっとオークションをしていないので、ダメもとで来週はまい姐に参加してみるかあ」
「僕も参加します。一人でも多い方がいいですよね?」とリクが言った。
「じゃあ、決まり!来週はヒロ君と多田さんとリクがオーディションに参加。勝ったら、具体的にどうするか今から作戦を練りましょう」
タクが提案した。
 
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