第37話 ヒロト19

文字数 2,579文字

 秋の大感謝祭はいつもの公民館ではなく、立派なコンサートホールで行われた。もちろんステージがあり、観客席もあった。
 入場料もいつもは前売りで500円だが、今回は3倍の1500円である。 
 受付があり、二人の女の子が座っていた。研修生で、これから色々覚えて、春の大感謝祭でメンバーとしてデビューするとのことだった。二人とも20代半ばで華がなく器量も良くなく、まだ若いだけ彩や梨乃の方がアイドルらしかった。

 ヒロトが行った時にはすでに60人以上の客が座っていた。いつもよりすでに倍はいる。常連バイヤーは全員来るし、普段は来ないが、こういう大きなイベントだけ来るファンもいるそうだ。

 照明が落ち、客が「テンカラ!テンカラ!」とコールを十数回繰り返した時、いつものように明かりがついた。
 が、いつもは最初からメンバーが前に並んでいるが、この日は舞台の両側からメンバーが走り出て来た。 
 拍手と歓声が起こり、ライブが始まった。
 まずは代表曲の「ハート@シンデレラ」からだ。
 ヒロトはもう慣れたもので、みんなとともにミックスやコールを行なった。
 続けて、3曲歌った。
 そして、歌い終わると、メンバーが順に自己紹介し始めた。普段のライブではしたことがない。普段来ないファンや新規のファンへの配慮なのだろう。
 麻衣は中央のマイクの前に立つと、「みなさん、元気ですかあー!」と叫んだ。
「元気でーす!」
 客が答える。
「では、行きますよ。まい、まい、まい、まい、まいまいキーン!テンカラの元気印サファイア麻衣です。よろしくお願いします」
 それを受けて観客は「まいねえ!まいねえ!」とコール。
 ヒロトが自己紹介を見たのは初めてで、その馬鹿馬鹿しさに苦笑しながらも皆んなと同じように叫んだ。

 普段より長いライブが終了し、次にメンバーの持ち物のオークションが始まった。
 いつものじゃんけんではなく、本当のオークションである。
 各メンバーが2種類のグッズを出品した。一つはメンバーの手作りグッズで、もう一つはファンからの要望が多かったものである。
 毎回ライブの後、アンケートを書いて、箱に入れるのだが、そのアンケートにメンバーから欲しいプレゼントという欄があり、そこに一番多く書かれたものになるそうである。
 
 麻衣の番が来て、グッズが水着だとわかった時は、会場からどめよきと笑いと歓声が起こった。
「もう、一体誰が希望したのですか?水着なんて恥ずかしいじゃないですか。洗って仕舞っていたけど、慌てて出してもう一度洗い直しました」
「洗わなくて良かったのに」とか「今から着て、そのまま出品して」と観客が言った。
 ヒロトは恥ずかしすぎたし、そんなの購入しても置き場に困ったので、スルーすることにした。
 100円から入札が始まったのだが、いきなり5000円の声が上がった。ガロだった。続いて、虎次郎が5500円。龍一が6000円と、3人で500円ずつ次々に値が上がっていた。
そして、10000円を超えた時、いきなり20000円という声がした。
 みんな驚いてその声の方を向く。
 見知らぬ中年の男だった。
「誰?」
隣の席のタクに聞くと、「水野さん。まい姐のTOだよ」
「ティーオウ?」
「トップオタのこと。1番、まい姐にお金を使っている人」
「へー、初めて見たけど」
「こういう大きなイベントにしか来ないんだけど、金持ちでいっぱいお金を使うよ」
「へー、そんな応援をする人もいるんだ。普段から会いたくないのかな?」
 ヒロトは不思議に思った。
「だね。でも、ブログにはよくコメントを書いているよ」
 結局、水着は75000円もの金額で水野さんが落札した。

 二つ目はメンバーの手作りグッズで、梨乃は手作りチョコ、彩はクッキー、茉由は香り袋、まい子は手間がかかったろうに手編みのマフラー、唯は自撮り写真アルバム、麻衣は絵だった。
 好きな写真を絵に描いてきて、後日手渡しすることのことだった。
 今度は1人だけでなく、上位金額3人まで落札出来た。ヒロトも参戦することにした。水野さんのような金持ちが来たら敵わない。が、水野さんは入札してこなかった。
 結局1万7000円で落札され、落札者の3人の中にヒロトは入った。
 ステージに呼ばれ、麻衣からどの写真にしますか?と尋ねられたので、「今日撮るチェキにします」と答えた。

 オークションが終わると、試着会(デート会)は今日はなかったが、物販と握手会、チェキ撮影はいつものように行われた。
 チェキの時、どんなポーズにしようかとヒロトが麻衣に相談すると、しばらく思案した後、「ヒロ君、夕陽を見るのが好きだと言っていたでしょ?私も大好き。初めて会った時の夕陽を思い浮かべて、眺めているポーズにしましょう」
そう言われて、そうしたのだが、撮った写真を見ると、ただ並んでぼうっとしているようにしか見えなかったので、二人で吹き出した。

 その後、本日のメインイベントである順位発表が行われた。
 それは6月に販売されたCDのメンバーごとのバージョンの売り上げ金額で決まる。
 1位になると、次回のCDのセンターポジションになる。さらに、ソロデビューの特典と親企業から宝石も与えられる。
 
 ステージの上手にスタンドマイクが置かれ、支配人が出て来て発表が始まった。
「6位イエローゴールド梨乃、5位アメジスト彩、4位パールまい子」
 ここまでは順当だ。
「3位エメラルド唯」と言った時、観客がわずかにざわめいた。
「2位サファイア麻衣、そして1位はピンクトルマリン茉由。3連覇達成です!」
 茉由が目を見開き、両手で口を押さえながら、前に出て来た。そして、中央のマイクでお礼の挨拶の言葉をのべた。それから、メンバーが茉由のところに集まり、抱き合って祝福した。
 
 それで、フィナーレのはずだった。
 が、再びメンバーが横一列に並ぶと、支配人が言った。
「今日は残念な発表があります。実はパールまい子が本年を持って卒業することになりました」
  観客からどよめきと喚声が起こる。
 ヒロトはタクの斜め前に座っていた多田さんの方を見た。多田さんは両手を上げ、降参するようなポーズを取っていた。
「では、パールまい子からもバイヤーの皆様方へ一言挨拶させて頂きます。まい子さん、お願いします」
まい子がマイクの前に進み出た。
 
 

 
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