第35話 ヒロト18

文字数 1,056文字

 コンビニで働き始めてから、人生感を変える大きな発見があった。
 社員の人はみんな30歳過ぎくらいであった。
 店長は栃木出身で、副店長は鹿児島の人だった。関西出身のヒロトには二人とも言葉が分かりづらかった。後に副店長は別の東北地方の人に変わったが、さらに何を言っているのか分からなかった。
 しかし、みんな純朴で人柄の良い人ばかりである。
 
 高校の同級生にとっては、どれだけ優秀な大学に行くか、次はどれだけ世間の評価の高い職業につけるか、その次はどのポストにつけるか、それが人生の目的である。
 それが出来ない場合は、駄目な奴、負け犬、敗残者と見なされ、自分でもそのように感じ、劣等感でいっぱいになり、碌な人生が送れないのではないかという不安で追い込まれた気持ちになってくる。
 しかし、ここで勤めている人を見ていると、専門学校卒でも、高卒でも、一流の会社でなくとも、十分幸せに生きているではないか。
 一流大学を出なければ不幸せな人生を送るしかないというのは、思い込みであり、幻影である。そんな当たり前のことに初めて気づき、ヒロトの気持ちは憑き物が落ちたように楽になった。
 確かにコンビニの店員と大企業の社員では給料が違う。歳を取るにつれて、その差はどんどん大きくなるだろう。世間の評価も違う。
 しかし、その分、大切な何かを失っているのではないだろうか?
 
 エリートの競争社会で生きていると、競争に勝つことが一番大事なので、正直者は馬鹿をみるという考えになりがちである。
 もちろん温厚で人柄の良い奴もいたし、天才的な頭脳の持ち主で仙人のように浮世離れしている奴もいた。
 しかし、大半は、人を出し抜いたり要領よく立ち回ったりすることが賢いことであり、詭弁を弄するのは良しという価値感を持っていた。
 また、人や物事の価値を自分が決めるのではなく、得点や偏差値、収入などの数字で判断したり、世間の評価で決めたりする傾向がある。
 自分の劣等意識のせいもあるのだろうが、高校の同級生と会って話していても、落ち着かなく、心を許せなく、優劣を見定められているのではないかと気にしてしまう。そんな楽しさとは真逆の心を消耗させるものが常に付き纏っていた。
 
 多田さんやタクやリキ、テンカラのバイヤーの仲間達といると居心地が良いのは、関係にそういう嫌なものや疲弊させるものがないからだ。
 彼らは数字や世間ではなく、自分の感情を物事の価値基準にしている。そんな自由な心を持っている。
 だから、自分も心の底から安心して笑っていられる。
 
 
 
 

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み