第14話 謙介6

文字数 1,763文字

 ホテルの最上階のバーに入ると、窓際のカウンター席に通された。
「わー、素敵ですねえ」
 窓外に夜景が見え、デートには格好の場所だった。謙介もこんなに雰囲気の良い場所だとは思わなかった。これなら上手く口説けるかな?そう思うと緊張で口が乾いてきた。
 
 カクテルを頼み、乾杯する。
「本名は森田ではなく、小林なんです」
  謙介は実名を名乗った。クラブからはクラブネームを使って、擬似恋愛をするのが大人の遊び方だと言われていたが、彼はそういう架空のものではなく、実態のある付き合いをしたかった。
「で、君はなんて呼んだらいいのかな?」
「まいと呼んでください」
「じゃあ、まいさん。名字は?」
「それは今日でなく、次回また会った時に」
 謙介は鼻白んだ。今日はお話だけで、それ以上の付き合いは次回ということなのだろうか?
「芸能関係と書いていたけど、女優さんなのですか?」
「いえ、アイドルやってるんです。アイドルグループのメンバーなのです。あ、それで、今日は新曲のキャンペーンでレコード店に行ってたから、こんなに遅い時間になってしまったのです。すみません。それに前回もオファーくれたのに受けられなくって。毎週日曜はライブがあるので、夜まで無理なのです」
 年齢は確か三十二歳のはずだ。その歳でアイドルをしていることに驚いた。だから、格好も若いのだろうか?
「クラブの写真とは印象が違うね」
「そうですか?どんな格好でしたか?」
 彼はスマホの写真を見せた。
「ああ、思い出しました。このドレスはクラブのものなんです。普段はいつもこんなラフな格好をしているのだけど、クラブの人がそれは良くないと言って、写真撮影の時に着替えさせられたんです」
彼女は悪びれもせず、あっけらかんと言い、その後、遠慮がちに
「あのう、一つ質問してもいいですか?」と続けた。
「ええ、どうぞ」
「小林さんはどうして、交際クラブにエントリーしたのですか?」
「もう5年、いや6年前になるのかな、家内が死んでね」
「病気だったのですか?」
「うん、大腸癌でね」
「再婚するつもりはないのですか?」
「うん、再婚するつもりはない。連れ合いを看取るのはすごく辛いことで、二度とあんな思いはしたくないので」
「愛していたのですね」
「長年連れ添ってきたからね。それなりの歴史があり、様々な思いと気持ちを共有出来る唯一のパートナーだったから」
「それで、交際クラブに入ったのは、疑似恋愛をしたかったからですか?」
「いや、擬似ではなく、本当の恋愛をしたいのだよ。悪い男かな?」
「いえ、決して悪いとは思いません。男の人は溜まるものがあるので、その処理も必要ですしね」
「女は最初の男を選び、男は最後の女を選ぶという言葉があるのだけど、知っていますか?」
「いえ、初めて聞きました。男の人はどうして最後なのですか?」
「若い頃は性欲でムラムラしていて我慢出来ないので、出来る相手なら誰でもいいという面があるのです。しかし、人生の終わりになって、自分のこれまでを振り返るようになると、理想の女性を探したくなるのです。僕もこの歳だし独り身なので、人生の最後は何の遠慮もなく自分の好きに使おうと思い、ラストラヴァーを探すためにクリエイトクラブに入会したのです」
「それで、ラストラヴァーは見つかったのですか?」
「いや、今日が初めてのセッティングなのです」
「え、そうだったのですね。慣れてらっしゃるから、もう何人もの女性と付き合っているものだと思っていました」
 彼女は意外そうな表情になり、それから虚空に視線を向けて、何かを考えるようにしばらく押し黙った。
 
 謙介も一緒に黙っていたが、終電の時間が気になってきたので、口を開いた。
「どこに住んでいるのですか?」
「え?」
  彼女の顔に警戒の色が走った。
「いや、プライベートなことを詮索するつもりはないんです。遅くなってもタクシーで帰れる場所なのかなと思って。それなら、交通費以外にタクシー代は出すので、今日はゆっくり出来るかなと思って」
「そうなのですね。都内です。タクシーで2、3千円だと思います」
「じゃあ、部屋でゆっくり出来るね?」
「はい、大丈夫です」
 彼女はすました顔で答えた。
これは大人の付き合いもオッケーですという意味なのだろうか?
 謙介の胸は高まり、体が火照ってきた。

 
  
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