2. 受傷機転から考える

文字数 1,346文字

(1.より要約文の引用)
 昨年九月半ば、はしごに登っていたところ足を踏み外して転落するも、途中で踏みとどまり、わき腹を窓枠の取っ手にぶつけた。打ち身はしばらくうずいたが、やがて痛みも消えた。一か月前後経過した夜、夫人に語ったところでは、打った場所は触ると痛いがすでにだいぶ良くなっていたが、あざは残っていた。

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 本文五十三ページから、イワン・イリイチの悲劇が始まります。壁紙の張り方を実演するために登ったはしごから、つい足を踏み外して落ちた、ということです。でも途中で踏みとどまり、わき腹を窓枠の取っ手にぶつけた、といいます。

 外傷、ケガですね。これがきっかけの場合、何が、どのようにしてどうなったのか、を考える必要があります。これを「受傷機転」と表現していますが、現実の外来では、車の事故などで運ばれてきた患者さんにも、つまずいて腕を骨折した人にも、等しくそれを教えていただくのが普通です。そして、それによる身体への影響を検討します。ただイリイチ氏の場合、この時点で受診することは、現代でもちょっと大げさにとらえられるかもしれません。

 ですが、ちょっと実際どんなシーンだったのか、想像が難しいです。ここ、何度も読みかえしました。で、窓のある壁ぴったりに立て掛けたはしごから滑り落ちたけど、数段下で踏みとどまった。落ちているまさにその時、わき腹が取っ手に当たった。ということかなと。であれば、そのわき腹にぐっと取っ手が下方向からめり込んで、もしかすると取っ手が肋骨に引っかかることで、そこより下への体の落下を防いだのかもしれません。そうするとかなりの衝撃を受けていることになると想像できます。
 そしてこの時点では、わき腹のどこにぶつけたのかは書いてありません。その後、右側の違和感という記載が出てきますので、右なのだろうと推測できますが、実際には左側を打って右に症状が出ることも有り得るかな、とは思います。

 とりあえずここでは素直に、右わき腹としておきます。わき腹といっても上の方と下の方で考えること(損傷をうける臓器)が違ってくるので、厄介です。上の方には肝臓や胆嚢があり、下の方は大腸です。背中側には腎臓があります。外傷で損傷を受けやすいのは、圧倒的に肝臓です。固まっているので壊れやすいのです。でも肝損傷だと、腹腔内で出血して止血困難となりこのあと四か月も生きているイメージがあまりありません。肝臓の内部に血腫を作って生きながらえることはあるかもしれませんが。胆嚢が外傷で破れるとすれば、鋭利なものでそこを狙って刺すなどでなければ、相当なエネルギーでしょうね。
 あとはめり込み方や圧力の伝播によって、左の方にあるはずの膵臓が壊れる。これだとやがて膵嚢胞が形成され、後々の悪化も説明がつくかもしれません。腸管や腎臓はもっと有り得るかもしれません。この場合は椎体(背骨)と取っ手に挟まれて損傷を受けたのでしょうか。ますます強い力がかかっている気もします。

 そして一か月で痛みが引いてきている。あざが残る。皮膚や表層近くの組織が受けたダメージは回復しつつあります。でもその奥では……。

 いずれにせよこの数ページだけで、これだけ推理が楽しめる作品なのです。さあ、経過を追って行きましょう。
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