5. 「遊走腎」について考える

文字数 1,307文字

 イリイチ氏が医師から告げられた病名は、「遊走腎」、「慢性カタル」、「盲腸炎」の三つでした。今回はそのうち、「遊走腎」という病気について考察していこうと思います。

「遊走」などというと、腎臓が体内を動き回っているような印象を持たれてしまいます。実際のところ、移動はしますがあちこちに動き回るようなことはまずありません。そして移動してしまうのは、体内で腎臓を支えているはずものが弱いからです。そもそもは生まれつきそれが弱い人に起こることが多い病気です。こういうのを「先天的」や「先天性」といいます。腎臓を支えているのは、腎臓を覆っている脂肪や筋、あるいは線維(せんい)でできた膜なのですが、これが弱いと腎臓が下にズレていく、ということです。生まれつきでなくとも、肝臓などの大きな臓器に押されてだんだん下がっていくこともあるようです。これは「後天的」、「後天性」。先天的であれ、後天的であれ、右側に起こりやすい病気、ということになります。
 遊走腎の症状は、腹痛、腰痛として現れますが、それは鈍い痛みになります。そしてこれが姿勢によって出たり消えたりします。寝る(臥位(がい)になる、と言います)とズレが戻るので、痛くない。逆に、立ちっぱなしやマラソンなどで悪化します。

 検査としては、尿検査が大事になります。必ずしも異常が出る訳ではないと思いますが、腎臓がズレることで、腎臓そのもの、あるいは腎臓で作られた尿を膀胱に運ぶ尿管の一部が傷つき出血すれば、血尿が出現します。目で見て分かるほどの出血(肉眼的血尿といいます)になることはほとんどなく、顕微鏡的血尿、と言われる程度のものです。なので、「尿検査によっては、新しい兆候が見つかるかもしれないとも言われた」という流れになったのだと思います。蛋白尿が出ることもあるようですが、多くの場合は大した問題ではなさそうです。

 そして、遊走腎だけで腎臓の機能が急激に悪くなる、つまり腎不全になる、ということはほぼ無いです。つまり四か月後の死因が腎臓だった、とは想像できません。そして姿勢で痛みが変わる、という記述は見当たらず、むしろ「一瞬も休むことのない」痛みになりました。右腹を取っ手にぶつけたことで、腎臓が常時下にズレた状態となった、というストーリーなら有り得るのかもしれませんが……。その場合はやはり腎臓以外の臓器も何らかのダメージを、しかも相当に強いダメージを受けていると思います。

 尚、エコーやCTは臥位(がい)で検査しますので、単独で診断はつけ難いです。腎臓を含めた臓器の損傷があれば分かりますが。遊走腎の診断の為ならば、むしろ立位(りつい)でレントゲン、できれば静脈性尿路造影です。血流を強調するための造影剤を注射して、腎臓から尿として出ていくところを立った状態で捉える。この位置が約一〇センチ(椎体(ついたい)という背骨二つ分)普通より下がっていれば診断確定です。いや、太っていなければ、臥位と立位とで触診したら分かるかもしれません。

 こう見ると、右の鈍い痛み、という点では確かに遊走腎も可能性はあるのですが、あまりそれらしいとは思えなくなってきました。ということで、次回は「慢性カタル」について考えてみましょう。
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