10. 外見の変化について考える

文字数 1,141文字

 さて今回は、イリイチ氏の見かけ上の変化について考えてみましょう。しかしこれもまた、文豪は明確に書いてくれてはいないのです。
 まずは要約の再掲。

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 (1.より要約文からの引用)
 まわりの人間が自分をみる目が変わってきたことを自覚した。例えばカードゲーム中に「お疲れならばここで中止しよう」と誘われるようになった。

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 やりたい人が集まるカードの場。相手が不調なら、むしろ美味しいカモとして置いておくのが良いはずです。ところがそんなメンバーから心配されてしまうほどの見かけになっているのです。しかし本文七十五ページにせいぜい「大儀そう」くらいしか書かない。小説の表現として、書き過ぎは良くない、といわれるのはこういうことなのでしょうか。
 更に時が過ぎ、年末。例の外傷から三か月程度の経過です。久しぶりに自分を見た義弟の様子から、イリイチ氏はようやく自分の外見を確認するという行動に出ました。鏡の自分とかつての肖像画と見比べます。「ひどい変わりようだった」とのことですが……。もう、文豪~。ここが要約の次段落冒頭になります。以下に示します。

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 (1.より要約文からの引用)
 こうして年末になり、義弟にはまるで死人のような、と評される。夫人は二人の医師の意見が正反対でよく分からないと言い、友人の医師は「盲腸の中にたった一つ異物がありそれが吸収されれば治る」と言った。一時改善した気がしたが、ある時突然再燃した。更に心臓に鈍痛を覚え、頭がぼやけていた。

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「死人のような」とは義弟がイリイチ氏の妻、実の姉でしょうが、その人に語った表現です。これは眼の光を指しているのでした。

 前振りが長くなりましたが、一体これはどんな状態なのでしょうか。

 (がん)には、昔から悪液質(あくえきしつ)という言葉がついてきました。栄養失調による衰弱が基本です。皮膚の色が褐色に変わって、やせ細ります。腹水でおなかが膨れたり、下腿(かたい)や顔がむくんだりすることもありますが、どうにも不自然でバランスの悪い太り方です。そして常に疲労感、倦怠感に(さいな)まれます。栄養が摂れないことが大きいですが、癌細胞はその増殖スピードを支えるために栄養をふんだんに奪っていくのですね。病人の体に出来た自己の細胞が、本人の命を奪うほどの活動をしてしまう。これが癌細胞なのです。前回ご紹介した「新生物」という名称も、分かる気がします。尚、本文にあった眼の光、というものは医学的に表現し難いですが、確かにありますよね。生気がない、といいますか。

 ただ悪液質という状態は、癌に限ったものではありません。死が近いことを感じさせる症状として、多くの疾患に当てはまります。つまりこの衰弱ぶりからは、イリイチ氏が癌だったと診断することは出来ません。
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