罪なき者、先ず石を擲て(2)
文字数 1,649文字
人は死の直前、それまでの人生を走馬灯の様に思い描く。そんなことを、僕はどこかで聞いたことがある。現実にそんな時間があるかどうか疑わしいが、僕には仮死状態から死まで30分と云う余裕があった。
それで充分とは言い難いが、ある程度は一生を回顧することが出来るに違いない。
目の前に僕より幼い、5歳くらいの少年がいる。彼は何か僕に訴えかけていた。場所は? どこか分からない。見たこともない森の広場だ。
「どうして僕を殺そうとするのです?
僕が何か悪いことをしましたか?
僕があなたに何かしましたか?
僕は老父母の面倒を見なければなりません。僕が死んだら、誰が父母の世話をするのです?
どうか僕を助けて下さい。
父母が亡くなったら、僕は喜んであなたに食べられます。ですから、それまで……」
「私は君を食べなければ生きて行けないの。君は何も悪くない。でも……、何も言わないで……。決して苦しませないから!」
僕は少年にこう言って、彼の顔を見ない様に彼の首に噛みついた。それと同時に、僕の体には特別な力がどんどんと流れ込んでいく。そして、それと反比例する様に、少年の生命の炎は少しずつ細くなって、徐々に小さくなって消えていった。
自分でも分かっている。痛いとか、苦しまなければ良いと云うものでは無い。少年はまだ死にたくないのだ。それでも僕は、彼の必死の願いを無視した。
僕は少年を抱く様に抱えていた。
だが、それは、既に少年では無く、少年の遺体に過ぎない。
彼は僕に食べられて、肉と骨の塊に変わったのだ。その塊は、たぶん別の生き物が食べるのだろう。僕は食べない。食べたくない。だが結局、それは僕の偽善に過ぎない。彼が僕に殺され、食べられたことに何も変わりはないのだ。
だが、これは?
これは……、僕の記憶ではない。
(そうよ、これは私の記憶)
(耀子先輩! どうして?)
(幸四郎、私の記憶を覗くなんて、本当に、エッチね!)
(そんなこと言われても……。僕は……)
(冗談よ。こうなったら、私は幸四郎に隠し事が出来ないわ。と言っても、もう裸や排便まで見られちゃったものね。私には隠すものなんて、もう何にも残ってないけど……)
僕には、まだ知らないことが沢山ある。僕は耀子先輩の全てが知りたい。
(でも、どうしてこんなことに?)
(言ったじゃない! 私が幸四郎の死体に憑依したのよ。だから、私の記憶の中に幸四郎の記憶が溶け込んでいるの。だから、幸四郎の記憶は私の記憶。私の記憶は幸四郎の記憶。覗きたかったら幾らでもどうぞ。
でも、全部は長すぎるわ。私たち、直ぐ死んじゃうもの……)
(死んじゃう? どうして?)
(だって、幸四郎が作戦通りにやらないんだもん。琰で私を離脱させ、幸四郎が銀の薬で仮死状態になる。そこに私が憑依して脱出したら、金の薬を飲んで生き返る。そう云う作戦だったじゃない……。
どうして、金の薬使っちゃうのよ。私たち、生き返れなくなったじゃないの……)
そうだった! 耀子先輩が殺されるのを見て、僕は我を忘れて、金の薬を彼女の身体の方に使ってしまったんだ……。
(ごめんなさい、耀子先輩。僕がミスったばかりに……)
(いいのよ……。元はと言えば、私が幸四郎を助けられなかったのがいけないの……。最初から幸四郎を囮にしていれば、こんなことにはならなかったのにね……)
(でも……)
(運命だったのよ。やっぱり私は、幸四郎に殺されるって……。でも、気にしないで、幸四郎も私に殺されたんだから……。ま、こんな死に方も、乙な物だとは思わない?)
(死に方に、乙な物も無いでしょう? ま、食べられて死ぬよりはましかな……)
僕はそう答え、笑みを浮かべた。いや、そう云う気になったと言うべきだろう。
僕はこの死に方も悪くないと思っている。
そう言えば、この後、耀子先輩は食べらてしまうのだ。それに、先輩はあんな苦痛を味わせられていたではないか……。
痛みを全く感じずに死ねる僕が、先輩に文句などを言ったら、流石に申し訳ないじゃないか……。
それで充分とは言い難いが、ある程度は一生を回顧することが出来るに違いない。
目の前に僕より幼い、5歳くらいの少年がいる。彼は何か僕に訴えかけていた。場所は? どこか分からない。見たこともない森の広場だ。
「どうして僕を殺そうとするのです?
僕が何か悪いことをしましたか?
僕があなたに何かしましたか?
僕は老父母の面倒を見なければなりません。僕が死んだら、誰が父母の世話をするのです?
どうか僕を助けて下さい。
父母が亡くなったら、僕は喜んであなたに食べられます。ですから、それまで……」
「私は君を食べなければ生きて行けないの。君は何も悪くない。でも……、何も言わないで……。決して苦しませないから!」
僕は少年にこう言って、彼の顔を見ない様に彼の首に噛みついた。それと同時に、僕の体には特別な力がどんどんと流れ込んでいく。そして、それと反比例する様に、少年の生命の炎は少しずつ細くなって、徐々に小さくなって消えていった。
自分でも分かっている。痛いとか、苦しまなければ良いと云うものでは無い。少年はまだ死にたくないのだ。それでも僕は、彼の必死の願いを無視した。
僕は少年を抱く様に抱えていた。
だが、それは、既に少年では無く、少年の遺体に過ぎない。
彼は僕に食べられて、肉と骨の塊に変わったのだ。その塊は、たぶん別の生き物が食べるのだろう。僕は食べない。食べたくない。だが結局、それは僕の偽善に過ぎない。彼が僕に殺され、食べられたことに何も変わりはないのだ。
だが、これは?
これは……、僕の記憶ではない。
(そうよ、これは私の記憶)
(耀子先輩! どうして?)
(幸四郎、私の記憶を覗くなんて、本当に、エッチね!)
(そんなこと言われても……。僕は……)
(冗談よ。こうなったら、私は幸四郎に隠し事が出来ないわ。と言っても、もう裸や排便まで見られちゃったものね。私には隠すものなんて、もう何にも残ってないけど……)
僕には、まだ知らないことが沢山ある。僕は耀子先輩の全てが知りたい。
(でも、どうしてこんなことに?)
(言ったじゃない! 私が幸四郎の死体に憑依したのよ。だから、私の記憶の中に幸四郎の記憶が溶け込んでいるの。だから、幸四郎の記憶は私の記憶。私の記憶は幸四郎の記憶。覗きたかったら幾らでもどうぞ。
でも、全部は長すぎるわ。私たち、直ぐ死んじゃうもの……)
(死んじゃう? どうして?)
(だって、幸四郎が作戦通りにやらないんだもん。琰で私を離脱させ、幸四郎が銀の薬で仮死状態になる。そこに私が憑依して脱出したら、金の薬を飲んで生き返る。そう云う作戦だったじゃない……。
どうして、金の薬使っちゃうのよ。私たち、生き返れなくなったじゃないの……)
そうだった! 耀子先輩が殺されるのを見て、僕は我を忘れて、金の薬を彼女の身体の方に使ってしまったんだ……。
(ごめんなさい、耀子先輩。僕がミスったばかりに……)
(いいのよ……。元はと言えば、私が幸四郎を助けられなかったのがいけないの……。最初から幸四郎を囮にしていれば、こんなことにはならなかったのにね……)
(でも……)
(運命だったのよ。やっぱり私は、幸四郎に殺されるって……。でも、気にしないで、幸四郎も私に殺されたんだから……。ま、こんな死に方も、乙な物だとは思わない?)
(死に方に、乙な物も無いでしょう? ま、食べられて死ぬよりはましかな……)
僕はそう答え、笑みを浮かべた。いや、そう云う気になったと言うべきだろう。
僕はこの死に方も悪くないと思っている。
そう言えば、この後、耀子先輩は食べらてしまうのだ。それに、先輩はあんな苦痛を味わせられていたではないか……。
痛みを全く感じずに死ねる僕が、先輩に文句などを言ったら、流石に申し訳ないじゃないか……。