耀子の兄・鉄男の幻影(1)

文字数 1,386文字

 2週間ほど前のことだった……。
 日差しが強く少し汗ばむくらい暑い日の昼休み。僕は大学のキャンパスの木陰で、ベンチに腰掛け軽い仮眠を取っていた。

 そこに澄んだ声で僕を呼ぶ人がいる。勿論、僕は目を閉じていても誰の声だか直ぐに分かる。耀子先輩だ。
 キャンパスで耀子先輩に逢うなんて、何ヵ月振りだろう?
 普通は逢うにしてもミステリー愛好会の会合に限られている。昼日向、ベンチに座っている僕に、彼女の方から態々近づいて来るなんて、余程のことが無ければ在り得ない。

「幸四郎、隣り、いいかな?」
 そう言うと、耀子先輩は僕の返事も聞かずベンチの隣に腰掛けた。
「どうしたんです? 誰かに見られますよ」
「それなら心配いらないわ。帰る時、怒りに任せて、持っているコーヒーを幸四郎に浴びせかけるから……」
 僕は苦笑いを浮かべながら「正直、それは勘弁して欲しい」と心の中で呟いていた。

 耀子先輩は、この学校で友達と言えるのは恐らく僕しかいない。でも、耀子先輩は、僕が先輩と親しい態度をとるのを、今でも酷く嫌がっている。

 僕と耀子先輩は、共にミステリー愛好会と云う怪しげなクラブに所属している。このクラブは、世の中の不思議な事件を、科学者と云う立場で解明しようと調査研究を行っている……と云う名目のものであった。だが、実際は変な噂話を求めて旅をするだけと云う、本当にどうしようも無い集まりだ。
 僕は、耀子先輩が所属していると云う理由だけで、このクラブに所属している。耀子先輩はと云うと、聞いた話だが「行方不明の兄を探す為に、このクラブに入った」と云うことらしい。

 彼女の兄は要鉄男と云う人で、耀子先輩が高校生だった時に、突然家出をしてしまったとのことだ。

 耀子先輩は、以前、お兄さんについて、こう語っている。
「兄とは、実際は血の繋がりが無いの。2人して今の両親に引き取られ、兄妹として育ったわ。変な奴だったけどね。一緒にお風呂も入ったわよ。お互いの身体の違っている処を見せ合いながら……。嘘よ。
 鉄と恋愛関係になったことは、一度も無いわね……。そういう発想すら無かった。でも、恋人以上の関係なの。身近過ぎて、そう云う気持ちになれないだけ……。
 身体の一部の様な物だったわ。
 兄が出ていく前、私、彼に酷いこと言ったの。でも、そんなの許してくれると思っていた。と言うより、そんなの普通のことで、私は気にもしていなかったわ。『耀子の奴、しょうが無いな』って言って、何時もの様に兄は私に呆れるだけだと思っていた。兄に甘えていたのね……」
「お兄さんに会えたら、謝るのですか?」
 そう僕が訊いた時、彼女はこう答えた。
「まさか! 『どうして出ていったんだ!』って問い詰めるのよ。そうして、次の日には何も無かったかの様に、ケロリとして過ごすの、昔の様に……。
 私の夢はね、兄も私も人間になって、お互い家庭を持って、特別な日には両親の家に集まって一緒に過ごすの。彼の子供がいて、私の子供がいて、みんなで両親を囲んでお祝いとかするの。素敵でしょう?
 これが兄の鉄男……。
 もし、幸四郎がどこかで兄を見かけたら、耀子が探していたと伝えてね。お願い……」

 耀子先輩は僕にそう言って、学生服姿の耀子先輩と、数人の男女が写っている1枚の写真を見せてくれた……。
 そしてその時、彼女は、その中の1人の男子を指差したのである……。
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登場人物紹介

要耀子


某医療系大学看護学部四回生。ミステリー愛好会に所属する謎多き女性。

橿原幸四郎


某医療系大学医学部二回生。ミステリー愛好会所属。

加藤亨


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会部長。

中田美枝


某医療系大学薬学部四回生。ミステリー愛好会副部長。

是枝啓介


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会の会員。

柳美海


某医療系大学医学部三回生。ミステリー愛好会の会員。

白瀬沼藺


要耀子の高校時代の友人。

月宮盈


要耀子に耀公主の力を与えた初代耀公主。

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