耀子の罠(2)

文字数 1,673文字

 僕にはこの女性、月宮盈の言うことが、全く理解できないと思った。
 耀子先輩を殺す珠を砕くと、なんで先輩が砕けてしまうんだ? それに、僕を殺す薬と生き返らす薬って、(そもそも)、何に使うんだ?

「あ、訳が分からない様ね……。
 それはね、耀子が私と違って未熟なもんだから、耀子を殺す琰だとか、そんな毒薬とかが必要になってしまうのよ……」
「……」
「あの()ね、未だ、生きている男だと、自分の好きにすることが出来ないの。相手が生きてちゃ駄目なのよ……。だから、好きな男を虜にする為には、男に毒を飲ませて、殺してしまう必要があるの……」
「……」
「あ、多分、大丈夫よ……。ことが済んだら、生き返らせると思うから……。貴方が死んでいる間に、耀子を満足させることが出来たらだけどね……」

 僕の頭は混乱を極めていた。月宮盈はそんな僕に(とど)めを差す。
「でも、それにしても、貴方……、本当(ほんと)、彼にそっくりね……」
 そう言えば、昔、耀子先輩がそんなことを言っていたのを、僕は思い出した。
「耀子先輩のお兄さん、行方不明の鉄男さんにですか?」
「耀子の兄? 違うわよ。私の昔の彼氏よ。もう死んじゃったけどね……」
「え?」
 耀子先輩は、僕がお兄さんと似ているから、つい気になってしまうと言っていた。それが嘘だったとすると、耀子先輩は、なんで僕に近付いたのだろうか……?

「耀子の兄なんて、本当にいると思っていたの? 馬鹿ね……。
 そんなのがいたら、私や耀子が検知できない訳ないでしょう? この世界に耀子の兄なんて、どこにも存在していないのよ……」

 その時、僕は呆然と時が過ぎたのと、風がさっと吹いたのを感じただけだった。確かにそうだ。耀子先輩なら、最初から、お兄さんを見つけられない筈がない。

 僕の体中は、何か物凄い苛立ちに満ち溢れていた。そして、その苛立ちは、耀子先輩にだけでなく、僕の感情を弄ぶこの女性、月宮盈にも当然向けられていた。

「月宮盈さん……。盈さんは、もう人間の理解を越えている。あなたは、真の大悪魔だ。僕や耀子先輩とは違って……」
 月宮盈は、それを聞いて、また笑い出した。僕の言葉が可笑しかった様だが、何が面白いのか、これも僕には全く分からない。
「何が可笑しいんだ!」
「ごめん、ごめん。あんまり可笑しなこと言うから……。私が大悪魔で、耀子と違うって? 本気でそう思っているの?」

 月宮盈は先代の耀公主で、本当かどうかは知らないが、悪魔喰いの悪魔として、何千年も人に憑りついて生き続けていた、恐ろしい魔神とのことだった。
 しかし、耀子先輩は彼女から、その能力を受け継いだだけに過ぎないと……。そんな話を聞いていたが……。

「私は人間に幾度も憑依して、その度ごとに人間の記憶と意識が混ざって来ているの。だからもう、心は殆ど人間よ。でもね、耀子は純粋な悪魔なの。人間の心なんか、ひと欠片(かけら)も無いのよ。恐ろしいわよねぇ……」
 月宮盈はそう言って、さも可笑しいとばかりに薄ら笑いを浮かべている。

 その時だった、耀子先輩が突然現れ、僕と月宮盈の間に割って入ってきたのは。

「幸四郎! 離れて! こいつは敵よ!」
 先輩は相手に向かって戦闘態勢を取る。しかし、月宮盈は、耀子先輩など相手にならないとばかりに、冷ややかな笑みを浮かべ続けていた。
「あら? 敵って言い切るの? 耀子なんかが……。でも、貴女の力なんかで、私を倒せるものなのかしら……?」
「ふざけないでよ!」
 耀子先輩は、その時、今にも月宮盈に殴り掛からんとしている。だが、まだ彼女は腕を組んだまま、笑いを浮かべていた。
「彼氏を前にして、本気で闘えるのかしら? 彼、巻き添えになるかもよぉ……。

、要耀子さん……」

 耀子先輩でも、流石に我慢の限界を越えた様だった。しかし、そんな先輩の怒りをはぐらかす様に、月宮盈はさっと後ろを向いて歩き始めた。
「どこへ行く心算!」
 耀子先輩の声に、月宮盈は軽く右手を上げて挨拶しただけで、振り返りもせず、そのまま神保町の方へと去って行ってしまう。

 そして、あとには、僕と耀子先輩が取り残された……。
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登場人物紹介

要耀子


某医療系大学看護学部四回生。ミステリー愛好会に所属する謎多き女性。

橿原幸四郎


某医療系大学医学部二回生。ミステリー愛好会所属。

加藤亨


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会部長。

中田美枝


某医療系大学薬学部四回生。ミステリー愛好会副部長。

是枝啓介


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会の会員。

柳美海


某医療系大学医学部三回生。ミステリー愛好会の会員。

白瀬沼藺


要耀子の高校時代の友人。

月宮盈


要耀子に耀公主の力を与えた初代耀公主。

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