罪なき者、先ず石を擲て(1)
文字数 1,431文字
その中で僕だけが、唯、無意識に走り出していた。僕の血が逆流し出したのは、走り始めてからだと思う。
僕の両腕を抑えていた2人も、耀子先輩の肝臓に心奪われていたのだろう。僕は大した力も入れずに彼らを振り切っていた。
恐らく僕は、看守の料理人の手首を掴み、噛みついて、彼の手から先輩の肝臓を取り返したのだろう。そして、必死の右ストレートを彼の顎にぶち込んでから、耀子先輩のレバーを、傷口の中に押し込んだ気がする。
僕は必死だった。必死と云うより、パニックの中で行動を起こしていた。僕の頭に先ず浮かんだのは、例の薬だった。僕は胸ポケットから金の薬……、どんな怪我であっても治すと云う、月宮盈から貰った金の丸薬を、耀子先輩の口に
だが、耀子先輩には何の変化もない。先輩は、もう、ピクリとも動かなくなってしまっていた。
「耀子先輩の能力を封じる腕輪だ!
僕はそう考えた。耀公主の能力が復活すれば、彼女は不死身に戻れる。僕は彼女の左手の側に移動し、腕輪からパスワードを入れようとした。
だが……、興奮した状態で、ちゃんと入力が出来るだろうか?
その心配は無意味だった……。
僕がネイピア数を入力したくとも、腕輪には、最初からテンキーなど付けられてはいなかったのである。
それでも僕は諦めきれず、腕輪を抜き取ろうともしたし、引き千切ろうともした。しかし、
そう、それは、外すことの出来ない腕輪だったのだ……。
恐らく耀子先輩は、人間として闘うことを選び、決して外れない腕輪をして、この闘いに挑んだのに違いない……。
見ると……、
例の看守の料理人は、不意を突かれた為か、僕のパンチで殴り飛ばされていたが、何時までも寝ている筈も無く、口から流れる一筋の血を右手の甲で拭い、苦笑いを浮かべながら起き上がろうとしていた。
慌てた僕は、もう一つの切り札、耀子先輩の魂を抜き取る水晶玉を、彼女に額へと当てがった。しかし、もう手遅れだったのか、一瞬光っただけで、その光も直ぐに消える。
耀子先輩は、もう少しも動きはしない。
唯、見開いた目が、先程と同じ空間を見つめ続けているだけだった……。
僕が、どうしようもない苦境に立たされているのを、看守の料理人はニヤニヤ笑いながら見て、ゆっくりと僕の方に近づいてくる。
この男は、他人の苦しむ姿を見て、快感を覚える
「良いパンチだったぜ。流石の俺様もダウンされられた。だが残念だったな。もう遅い! 耀公主の女はもうお陀仏だ。
フフフ、お前は今日の食材じゃあないが、その調子じゃ、泥抜きにも応じないだろうな。今ここで殺して、次のディナーまでに臭い消しをしておいてやるよ。有難く思うんだな。愛する女と一緒に死ねて……」
「ああ、感謝するよ! 耀子先輩と一緒に死ねるんだからな。だがな、お前らなんかに食べられるのは、真っ平ご免だ!!」
僕はそう叫ぶと、最後の丸薬、直ぐに死んでしまう銀の薬を、自らの口の中に放り込んだ。どうだ、これで僕の死体は毒に犯された。もう食べる事は出来ないだろう!
ざまあみろ!!
僕は、彼らに1つでも意趣返しが出来ただけで、もう溜飲が下がる思いだ。
そして直ぐに、僕の目の前は、真っ暗になっていったのである……。