人間料理(5)

文字数 1,627文字

 ゲストはこの会話の間待たされ、少々待ち草臥(くたび)れている様子だった。

「ねぇ、消毒しているのは分かったけど、腎臓(マメ)とか大腸(ホルモン)食卓(ここ)に出すのは止めてよね」
 ゲストには女性も混じっている様だった。あれは確かに女の声だ。
「心得ていますよ。キドニー等は(さば)くだけにしておいて、後日、充分に臭い消しをした上で調理させて頂きます。そちらの男を食べる番に合わせてね。その時、男の筋張った旨味の強い肉と、女の柔らかくジューシーな肉をステーキで食べ比べて頂きましょう」
「おお、それは楽しみじゃ。男ならば、儂は精液を溶き卵に見立てた、濃厚な中華スープが食べたいのう」
「分かりました。では前日、この男を(ほふ)る前に、女たちに命じて、この男の精液を充分に濾し採っておきましょう」
 それまで悟りきっていたかの様に、自らの死の話題を淡々と聞いていた耀子先輩だったが、突然、怒りに任せて大声を上げ始めた。
「おい、話が違うぞ! 幸四郎だけは助けると……」
 だが、耀子先輩はそれ以上叫ぶことは出来なかった。ホストの男が看守の料理人に、料理を始める様、命じたのだ。
「絞めろ!」

 看守の料理人は、頭を起こして叫んでいた耀子先輩の前髪を掴んで、思いっきり俎板に後頭部を叩きつける。そして、間髪入れず、それで見えた先輩の喉笛を、持っていた包丁で真一文字に切り裂いた。

 耀子先輩の首に、もう一つ口が開いたかの様に、赤い切り口が現れた……。

 僕はそう云う場合、血液が赤い水の噴水の様に噴き出すものか、心臓の鼓動に合わせて、ドクンドクンと湧き水の様に、血が吹き上がるものかと思っていた。
 だが、そう云うものでは無かった。
 それは粘質の飴などが、溢れて広がっていく時の様な、赤く濁った厚みのある大陸が、俎板の海を侵食しながら、どんどんと大きくなっていく。そんな感じの光景だった。
 そして、その赤い大地は、俎板の海の端に達し、ナイヤガラの大瀑布の様に床へと降り注いでいく。
 近いうちに、自分がそうなると言うことも忘れ、何も言うことなく、僕は呆然とそんな光景を見つめていた。
 恐ろしいとか、悲しいとか、そういう感情は全く浮かんで来なかった……。
「ああ、血ってそう云う風に流れるんだ」
 唯、そう思っていただけだった。

 耀子先輩は目を大きく見開いたまま、何も無い筈の、目の前に浮かぶ一点を見つめ続けている。そして、半開きになった口からは少し血が溢れ出ていたが、言葉は何も出て来はしなかった。時折、不定期にピクン、ピクンと指先に痙攣を起こすのが、先輩のみせる唯一の動きであった。

 看守の料理人は、ゲストに向かって口上を述べる。
「さて、本日の一品目ですが、これほど生きの良い食材、生で召しあがらない手はございません。()してや、今宵の食材は耀公主なる希代の霊能力者にして、御覧の通り男顔負けの肝の座った女傑。古来より剛胆なる武芸者の生き胆を食うと、その剛胆さを得ることが出来ると申します。その真偽の程はさておき。縁起物にございます。皆様が不老長寿の一助になれば幸い、一品目はこの新鮮な生き胆で、人間のレバ刺しをご賞味頂きたいと考えております」
 食卓から歓喜とも驚きともつかぬ、唸るような(どよ)めきが起こった。

 看守の料理人は、その期待に添うように、耀子先輩の両乳房の間より少し下、鳩尾の辺りから、下腹部の恥毛の生え際まで、グサッグググと、一気に縦に包丁を入れる。そうして、両の手で左右に傷口をがばと開いた。
 俎板の頭上にあるモニタが、そこからの光景を余すことなく全て映し出し、僕らにも良く見える様に工夫してある。そこには、赤い液体に浸かった豆腐の様な内臓が、ぎゅうぎゅうに詰まっているのが僕にも見えた。

 看守の料理人は、傷口の中に左手を突っ込み、右手で持った包丁の先を慎重に差し込み、耀子先輩の肝臓を取り出す。彼は、そうして手に入れた赤黒く巨大な肝臓を、宝物でも見つけ出したかの様に高々と持ち上げ、自慢気にゲストに誇示して見せたのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

要耀子


某医療系大学看護学部四回生。ミステリー愛好会に所属する謎多き女性。

橿原幸四郎


某医療系大学医学部二回生。ミステリー愛好会所属。

加藤亨


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会部長。

中田美枝


某医療系大学薬学部四回生。ミステリー愛好会副部長。

是枝啓介


某医療系大学医学部四回生。ミステリー愛好会の会員。

柳美海


某医療系大学医学部三回生。ミステリー愛好会の会員。

白瀬沼藺


要耀子の高校時代の友人。

月宮盈


要耀子に耀公主の力を与えた初代耀公主。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み