宇津ノ谷の鬼伝説(2)
文字数 1,198文字
今日のミステリー愛好会の主な議題は、匿名で寄せられた「祥白童子」の情報について、誰がフィールド調査に行くかと云うものであった。
場所は静岡県中部、旧東海道の鞠子宿から岡部宿の間にある峠道。そこに祥白童子と名乗る可愛い少年が現れると云うのである。
「だからさ、結局、宇津 ノ谷 の鬼伝説に託 けた、誰かの悪戯だろう……? それも、旅人を襲って食べてると云う訳でもなし。馬鹿馬鹿しい……! 放って置けばいいんだよ!」
例によって是枝啓介先輩は、頭からその様な噂を信じていない。
「でもねぇ……、そうは言っても、我々ミステリー愛好会に、匿名とは言え、調査依頼の手紙が届いているんだから、無下に無視する訳にも行かないでしょう?」
副部長の中田美枝先輩が、困った表情でそう反論をする。
「手紙って言っても、部室に封筒が投げ込まれていただけなんだろう? そんなの悪戯だよ、悪戯!」
「それがね、調査費用って言って、五万円が同封されているのよ……。悪戯にしては念が入っていると思わない?」
「五万円?!」
愛好会のメンバー全員が驚きの声を上げる。それはそうだ。僕たちは医療系大学の学生で、親が医者など比較的裕福な家庭の生まればかりだが、五万もの大金を悪戯で投げ捨てる度胸のある奴は、ここには誰一人としていない。
「調査費用ねぇ……」
是枝先輩を筆頭に全員が頭を抱えている様だった。この為、誰も言葉を発しない時間が出来る。僕はこのタイミングで疑問に思っていた質問をした。
「あの~祥白童子って、何者なんですか?」
僕の質問に、是枝先輩と中田先輩は、「そんな常識も知らないのか?」と呆れた様な表情で顔を見合わせる。
でも、そんなの常識じゃ無い!
第一、日本の伝説を、中国人留学生の柳美海さんが知っている筈が無いだろう!
彼女に説明するくらいは、ちゃんとすべきではないのか?!
「橿原は、何も知らないんだな……」
部長の加藤亨先輩が静かにそう呟く。あっさりと喋られると余計に腹が立つ。
「これは、宇津ノ谷峠に伝わる伝説で、基本的には、ふたつの逸話から成り立っている。
ひとつは、主人の血膿を吸い続けた小僧が、人肉を喰うことを覚え、鬼になったと云う話。もうひとつは、宇津ノ谷峠に住んでいた鬼が、旅の僧に身を変えた地蔵菩薩によって、退治されると云う話だ。
ここで僧は、この鬼に『手のひらに乗れるか?』と騙して、玉に化けた鬼を十に砕き、食べて退治したと云うことになっている。これは、千夜一夜物語でも『漁師と魔神』として語られているし、『長靴を履いた猫』でも使われている手法だな……。そして、その鬼の供養の為に供えた団子が、この地の名物の十団子として伝わっていると云う、名物縁起話にもなっている……」
「それの何処に、祥白童子ってのが出てくるんです?」
「この鬼が僧の前に出てきた時、可愛い子供の姿に化けて、自らを『祥白童子だ』と名乗ったんだよ……」
場所は静岡県中部、旧東海道の鞠子宿から岡部宿の間にある峠道。そこに祥白童子と名乗る可愛い少年が現れると云うのである。
「だからさ、結局、
例によって是枝啓介先輩は、頭からその様な噂を信じていない。
「でもねぇ……、そうは言っても、我々ミステリー愛好会に、匿名とは言え、調査依頼の手紙が届いているんだから、無下に無視する訳にも行かないでしょう?」
副部長の中田美枝先輩が、困った表情でそう反論をする。
「手紙って言っても、部室に封筒が投げ込まれていただけなんだろう? そんなの悪戯だよ、悪戯!」
「それがね、調査費用って言って、五万円が同封されているのよ……。悪戯にしては念が入っていると思わない?」
「五万円?!」
愛好会のメンバー全員が驚きの声を上げる。それはそうだ。僕たちは医療系大学の学生で、親が医者など比較的裕福な家庭の生まればかりだが、五万もの大金を悪戯で投げ捨てる度胸のある奴は、ここには誰一人としていない。
「調査費用ねぇ……」
是枝先輩を筆頭に全員が頭を抱えている様だった。この為、誰も言葉を発しない時間が出来る。僕はこのタイミングで疑問に思っていた質問をした。
「あの~祥白童子って、何者なんですか?」
僕の質問に、是枝先輩と中田先輩は、「そんな常識も知らないのか?」と呆れた様な表情で顔を見合わせる。
でも、そんなの常識じゃ無い!
第一、日本の伝説を、中国人留学生の柳美海さんが知っている筈が無いだろう!
彼女に説明するくらいは、ちゃんとすべきではないのか?!
「橿原は、何も知らないんだな……」
部長の加藤亨先輩が静かにそう呟く。あっさりと喋られると余計に腹が立つ。
「これは、宇津ノ谷峠に伝わる伝説で、基本的には、ふたつの逸話から成り立っている。
ひとつは、主人の血膿を吸い続けた小僧が、人肉を喰うことを覚え、鬼になったと云う話。もうひとつは、宇津ノ谷峠に住んでいた鬼が、旅の僧に身を変えた地蔵菩薩によって、退治されると云う話だ。
ここで僧は、この鬼に『手のひらに乗れるか?』と騙して、玉に化けた鬼を十に砕き、食べて退治したと云うことになっている。これは、千夜一夜物語でも『漁師と魔神』として語られているし、『長靴を履いた猫』でも使われている手法だな……。そして、その鬼の供養の為に供えた団子が、この地の名物の十団子として伝わっていると云う、名物縁起話にもなっている……」
「それの何処に、祥白童子ってのが出てくるんです?」
「この鬼が僧の前に出てきた時、可愛い子供の姿に化けて、自らを『祥白童子だ』と名乗ったんだよ……」