仏歯寺前広場でのデモンストレーション

文字数 2,778文字

コロンボの時と同様に、キャンディでも市内を歩き回ることに二日ほどを費やしました。
空手のデモンストレーションをするにはやはり、人が多く行きかう場所でそれなりの広場のある公園のような場所が最適です。

キャンディでいちばん人が多く集まる場所と言えば、仏陀の歯が奉られているいるという仏歯寺でしょう。
観光名所でもあり、地元の人々の信仰の中心地でもあります。
寺の中でやるわけにはいきませんが、寺の周辺はちょっとした公園になっていますので、ここなら結構目立つでしょう。
・・・よし、明日はここでいっちょうやってみるか。

ところでキャンディは非常にのどかな街でしたが、当時はやはり内戦下にありました。
街を歩いていても、軍人を見かけることが多かったし、駅周辺などでは銃身を短く切り詰めたショットガンを手に持った警察官をよく見かけました。
平和な中にもピリピリした緊張感が漂っています。

実際に、私が帰国した何年か後にはこの仏歯寺で爆弾テロが発生しています。
バンコクの旅行代理店で出会ったドレッド君が非常に怖い目にあったのも、ここキャンディでした。
空手バックパッカーのお話とは直接関係はありませんが、私が滞在していたころのスリランカはそういう情勢であったということを、頭の隅にでも置いていただけたらと思います。

ひととおり歩いた日の夕方、適当に入った大衆食堂で夕食を済ませます。
この国で食事と言えばもちろんカレーです。
余談ついでにここでスリランカのカレーについて少しお話ししましょう。

スリランカの食事は基本、ライスとカレー、そしてサンボルというあえ物のセットになります。
ライスを自分の皿に盛って、そこにウェイターがカレーをかけてくれるか、別に鉢に入ったカレーが置かれます。
そして一口分のカレーをライスにかけて、地元流ならそれを指でよく混ぜ合わせて口に運びます。

近年(2018年現在)日本でもスリランカカレーがちょっとしたブームになっています。
本場の味が楽しめるスリランカレストランがあちことにできて、非常に喜ばしい限りなのですが、間違った流行り方が少々気になります。

それはなぜか日本では「スリランカカレーは皿に盛ったライスと数種類のカレー、サンボルをライスとピビンバのようにぐちゃ混ぜにして食べるものである」という風に広まっていることです。
私が有名なスリランカレストランに行ったときも、ウェイトレスにそのような食べ方を勧められました。
しかしここではっきりさせておきますが、スリランカでそのような食べ方をする人はいません。
あくまでもカレーは一品づつ、一口食べる分量だけを混ぜ合わせて食べるのが本場のスタイルです。

余談が長くなりました。
私は夕食を済ませたのち、ゲストハウスに戻りシャワーを浴び翌日に備えて早く寝ることにしました。

翌朝は遅くまで寝て、ゆっくり目の朝食を取ります。
夕方まではのんびり過ごしてから行動することにします。
体力を温存したかったからです。
この当時は基本、昼食は摂らなかったのでゲストハウスでゴロゴロしながら、読書していました。

午後3時ごろに空手着に着替えて出かけます。
ゲストハウスの受付のお兄さんがその姿を見てちょっと驚いています。
「あ、トミーさん、どこに行くんですか?」
「ああ、ちょっと運動しに公園に行ってきます」
「そうですか。トミーさん、空手の黒帯なんですね~すごいなあ。あ、いってらっしゃい」

受付のお兄さんの眼差しがなにかキラキラしています。
まるでヒーローを見る子供の目のように。
入国時の税関職員たちがそうだったように、この国では驚くほど空手家は尊敬とあこがれの対象のようです。

キャンディの街中を空手着を着てひとり歩く日本人はとても目立ちます。
道行く人々の視線を感じますが、コロンボのときのように後をゾロゾロとついてこられるというのはありません。
それだけに宣伝効果はコロンボより薄いかもしれない。そんなことを考えながら仏歯寺まで歩きました。

仏歯寺周辺の広場に到着した私は、軽く準備運動をしてから
「きえーいっ!」と大げさな気合を入れて注目を集め、突き蹴りのデモンストレーションを始めます。
キャンディではデワやボウイのような助手がいないため道具を使ったデモが難しいので、とにかく派手なはったり技を使います。
二段蹴り、回し蹴り、後ろ回し蹴り、飛び後ろ回し蹴り、飛び回し蹴りの連続技。

中川先生曰く「花拳繍腿」。見た目は派手だか実戦の役には立たないはったり技のオンパレードです。

大げさな気合を上げながらの実演に、徐々に回りを取り囲みはじめたギャラリーがまばらな拍手をしてくれました。
地元の人たちに混じって西洋人観光客の姿もあります。

「ああ、みなさんすみません。私は日本空手道中空会のトミーです。コロンボで空手道場やってますので、興味のある方は気軽に覗いてみてください」
見物の人々に道場のカードを配ります。
やはり地道な仕事、営業活動が大切なのだ。

すると「あなたは日本の空手の先生ですか?」
デモを見ていた3人組の若者のひとりが声をかけてきました。
「ええ、そうですが」私が答えると。

「それはお会いできてうれしいなあ。あ、僕たちは**大学の空手部の者です」
**大学といえば、キャンディの名門大学です。
しかしホンモノだろうか?スリランカには大学生を偽る詐欺師も多いので疑っていました。

すると声をかけてきた若者がなにやらカードのようなものを差し出しました。
”Black Belt License”と書かれています。
黒帯免許?発行しているのは・・・**協会!!

**協会といえば、単独会派では世界最大の組織を持つ日本空手界の巨大勢力です。
この当時のスリランカにはすでにこの**協会や、フルコンタクト空手の最大勢力である**会館も進出していました。
もちろんその他の大流派も、中堅どころも名のある流派・会派はすべて進出しています。
さらに韓国のテコンドーも進出してきており、一大勢力となっています。
その国に乗り込んで、中空会などという日本でも超超弱小な会派の空手を宣伝するために、こんなところで大道芸みたいなことやってる私。

読者の皆さんは3か月以上もスリランカでデモを繰り返しながら、道場生わずか50名のノルマすら達成できない私を不甲斐ないとお思いでしょうが。
それはコロンボ・フォート駅で出会ったエホバの証人の女性以上に不利な仕事であることをご理解いただきたいと思います。

「ここで日本の先生にお会いできたのは何かの縁です。もしよろしければ明日にでも私たちの大学の稽古を見てもらえませんか?」
黒帯の学生君は言いました。
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