悪戦苦闘の夜

文字数 2,836文字

「えっ、トミーさんて空手の先生なんですか」

私たちはそれぞれお互いのベッドに腰をかけ、その間にテーブルを置いてコーラとビールで晩酌しながら、今さらながら自己紹介していました。

私はざっとですが、これまでのスリランカでの活動をニコラやベビスとの対戦みたいな殺伐とした話をはぶいて話しました。主に道場の運営や、宣伝活動などについてです。

「いえ、まあ僕は単なる指導員なんですけど、スリランカ人の後輩がコロンボで道場を開くのを手伝いに来ただけです」

「でも素晴らしいお仕事ですね。日本の伝統文化を外国に広めているんですから」

「ええ、まあとにかく日本の恥にだけはならないようにと思っています」

「トミーさんて第一印象と違って謙虚で真面目な方なんですね」

・・・どんな第一印象だったんだろ?

「サトミさんは日本では何を?」

「私は学生です。**外大の4年です」

・・・彼女は21歳か。僕は26歳だからそんなに世代のギャップは無いな。いい感じだ。

「じゃあ来春卒業予定ですか。スリランカに来るまではどこに?」

「タイに数日とインドに1か月ほどですね。スリランカも1か月ほど滞在するつもりで、次はパキスタンを予定しているんです。その後はまたタイかな」

「へえ・・・そんなに長く旅行していて、卒業は大丈夫なんですか」

「あは・・ひょっとしたら危ないかもですねえ。今回の旅行は次のパキスタンがメインなんです」

「へえ、というと?」

「私の親友が結婚するんです。パキスタンから留学していた彼氏と」

「ああそれで結婚式に出席するんだ。いいですね。外国の結婚式に出られるなんて」

ところで私は平然と会話しているようですが、内心はかなり動揺しているのです。
なぜって話せば話すほど、彼女は私の好みだからです。

彼女の顔は少しふっくらしていて、けっして美人顔ではありませんがかわいい顔立ちで、いわゆる癒し系というのでしょうか。
しかし体形はタンクトップ姿だと、けっして太目ではなくむしろスレンダーです。
色白で美しい肌はビールのせいで、桜色に染まっています。

想像してください。好みのタイプの女の子と二人きりの部屋で、風呂上りの晩酌です。
あなたなら冷静でいられるでしょうか?

・・・しかし、落ち着かねば。
カッサバ先生の教えを思い出せ。今はぜったいに負けられない勝負中だと思え。

カッサバ先生の教えとは
その1.勝敗の判定は自分が決すること
その2.自分の土俵で戦うこと
その3.自分のペースに相手を巻き込むこと

このうち、かろうじて自分の土俵には乗せましたが、あとはどうなんでしょう?
・・・まあとにかく会話を続けよう。

「サトミさんは彼氏とか居るんですか?」

はっきりいって、これはあまりよい質問とはいえません。
こんな悪手を打ってしまうあたり、私がいかに冷静さを失っていたか。
しかし、彼女はあまり気にしてる様子でもなく答えました。

「旅に出る前には、お付き合いとまではいかなかったんですが好きな人が居たんですよ。でも結局お互いの距離が縮まらないうちに、彼が遠くに行ってしまったんです。ああなんか間抜けな話ですねえ」

「ぜんぜんそんなこと無いですよ・・残念だったとは思いますが」

・・・こんな素敵な女性に思いを寄せられて気づかなかったのなら、その男の方がよっぽど間抜けだ。
私は勝手に憤慨していました。

「トミーさんは彼女はどうなんですか?」

「今回の仕事のことを話したら振られました。いきなり会社辞めたりしたし」

「ああそうなんですか、残念でしたね。でもこう言ったら怒られるかもしれませんが、それで振られたということは、その彼女はもともと波長が合わない人だったのだと思いますよ」

彼女の言葉を聞いて、私はとんでもないことを口走ってしまいました。
完全に自分のペースを失っていたのです。

「サトミさんは僕と波長が合いませんか?」

「・・・え?」

「僕はサトミさんを最初に見た瞬間から、好きになっていました。僕とお付き合いしてもらえませんか?」

今思い出しても赤面します。私はコーラで酔っ払っていたのでしょうか?
わずか数時間前に会ったばかりの女性に、いきなりこんなこと言うなんてあり得ない。

私がスリランカで出会った最強の対戦相手は、超人ニコラでも破壊王ベビスでもなく、このサトミという女性でした。

ニコラとの戦いでも、ベビスとの戦いでも、私は圧倒的不利な状況の中でも常に冷めた自分を持っていました。
冷めた自分は戦況を俯瞰して、常に戦略的に考えを巡らせてくれていました。
しかし、こと意中の女性が相手となると私の中の冷めた自分は、いったいどこに遊びに行くのでしょう?
カッサバ先生の教えもすっかりどこかにすっ飛んでるし・・・

案の定、彼女はポカンとした表情です。

・・・・・

しばらく気まずい沈黙の時が流れます。私は針のムシロに座っているみたいでした。
それはおそらく数十秒のことでしょうが、私には何時間にも感じました。

そしてようやく彼女が口を開きました。

「ああビックリしました。トミーさんて直球ですねえ。まるでスリランカ人みたい」

彼女は視線を床に落としながら言います。私も彼女の顔をまともに見ることができません。

「はあ・・・スミマセン」そして私はもはや何も言葉が出てきません。

「日本人って普通もっと回りくどいじゃないですか。あまりはっきりとは言わないし」

「はあ・・・スミマセン」私は何を謝っているのでしょう。もはや頭が混乱してわけわかんなくなってます。

「でも・・・私、そういう風にはっきり言ってもらうほうが好きです。すごくうれしいです」

・・・!・・・

私はドキンと胸が高鳴りました。これって脈ありってことか?

そして彼女は急に真顔になって言いました。

「でも私はわりと普通の日本人なんです。だから即答はできません、ごめんなさい。でも真面目に考えてみます」

彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめながら・・いや違います。ビールでさっきから赤くなっていました。
・・・しかしこれはどうなんだ?まだ脈は残っているのだろうか?

「トミーさんとお話できて楽しかったです。今日は移動日で疲れちゃって眠くなってきました。もう休ませてもらいますね」

「ああ、はい。じゃあ電気消します」

「ありがとうございます。ではまた明日。おやすみなさい」

「おやすみなさい・・・」

悪戦苦闘の夜でした。
勝敗の判定は自分ではなく彼女に預けちゃいましたし、自分のペースを完全に崩していました。
カッサバ先生の教えにことごとく反した戦いでした。

灯りを消してしばらくすると、彼女の寝息が聞こえます。
窓から差し込む月明りに照らされた彼女の横顔がとてもカワイイ。

・・・ダメだ!眠れないよ~!!
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