超人ニコラの逆襲

文字数 2,035文字

「あああ・・・」
間抜けな声を出してデワが後ずさりをします。
一応先生なんだから、もう少し威厳ある態度をとってもらいたいものですが、なにしろ道場を飛び出そうとして赤鬼ニコラと正面から鉢合わせになったのですから、本当に怖かったのでしょう。

ニコラはふーん!と鼻息を鳴らして道場に足を踏み込みあたりをぐるっと見回します。
靴は履いていません。裸足です。
そしてゆっくりと私のほうに目を向けると口を開きます。

「おい!さっきはまんまと引っかかったぜ。まったく何て野朗だ。さあつづきをやりに来たぞ。立て!」
立てと言われても・・・困る。
えーと・・そうだ。こういうときは・・・『相手の気合を受けるな』・・・カッサバ先生の教えです。
私は床に座り込んだままでニコラに話しかけます。ビビっていますが、努めて平静を装う。

「なあ、ニコラさん。あんた、靴はいてないけど見つからなかったのか?もしかして裸足でここまで来たの?」
「アホかお前。ここは道場だろうが。オレはこう見えても武道家だぞ。道場に土足で入れるかよ」
なるほど、フランス人でもさすが武道家です。
「それにしてもお前らは何だ?勝負の最中に走って逃げ出す武道家なんて初めて会ったぜ」
・・・私は武道家なんて大層なもんじゃなくて、単なる大道芸人なんですが・・・これは言わない。

「まあそうカッカせずにさ・・・暑い中ここまで来たんだから喉かわいたでしょ?スイカでも食わない?」
床に散らばったスイカの皮を見て、ニコラは呆れたように言います。
「お前らなあ・・・それ、さっきお前が割ったスイカだろ?それを道場の床に広げて食ってたのか?信じられん。オレはたくさんの日本人の空手家に会ったことがあるけど、みんな立派な武道家だったぞ。お前みたいなのは・・・一体何考えてんだまったく。。。。」

ニコラは最初の勢いからすると、やや気勢を削がれた口調になっています。
これはこっちのペースかもしれない。さらに続けます。
「まあそう固いこと言うなよ。こっちも走ったんだから、喉がカラカラだったんだ。ときにニコラさん。あんた全仏の三位なんだって?今、この本を見てビックリしてたんだ。なんであんたみたいな人がこんなとこにいるわけ?」”Black Belt”誌を床に広げて見せます。
あっ・・・とニコラの顔がやや驚いた表情です。どうやらこれは秘孔を突いたらしい。

「フランスはヨーロッパでも有数の空手先進国だろ?そこで三位ってことは、世界大会でも優勝を狙えるレベルじゃない。こんなところで油を売ってるヒマは無いんじゃないの?」

ニコラは急に顔を強張らせると、ズカズカと私の方に歩み寄り”Black Belt”を拾い上げるなり、びりっ・・と
両手で破り捨てます。
「ああっ!」デワが悲鳴のような声を上げます。これはデワの大切な蒐集物なのだ。。。

ニコラはまたしても顔を紅潮させています。
「くだらねえおしゃべりをいつまで続けるつもりだ。ああっ!さっさと立ちやがれ!」
あれれ・・・しまった。まちがった秘孔を突いちゃったか??

「ちょっと待て、ここは僕らの道場だぞ。お前は他流の道場に乗り込んで勝負をしたいと言ってるわけだ。お前も武道家なら、どういうことか分かってるんだろうな?これは道場破りだぞ!」
私はとにかく空手ではなく口で応戦します。

「ああ、わかってるさ。道場破りに来たからには総がかりで袋叩きにされても文句は言えねえのが武道の掟だ。しかしお前ら・・・総がかりでもこの3人しか居ないんじゃねえのか?」
あちゃーー。。ニコラの言うとおりだ。

「さあ立てよ。3人がかりでも文句は言わねえよ。立たねえんなら、ムリヤリにでも立たせるがどうするね?」
・・・・ああ、、、しかたない・・・必殺技「口車」ももはやここまでか。。。
「わかった・・・立つよ」
渋々と立ち上がりながらも私は考えていました。
相手は全仏で三位のツワモノです。
一方私は地方大会一回戦敗退の情けない戦跡の持ち主です。
どうあがいても絶対勝てない。しかし、それでも負けるわけにはいかない。

まともに立ち会えば、1~2秒でケリが付くでしょう。
もちろん私がノバされて終わり。
空手でこれほどの実力差があれば、勝負時間はそんなもんです。
作戦が必要です。
とにかくまともに戦ってはいけない。まずは本来1~2秒で終わる勝負時間を1秒でも長く引き延ばすことからだ。

実は私は先ほどからニコラの歩幅を床材の格子模様を使って計っておりました。
ニコラの歩幅は格子模様7マス分。
そうです。ここは私の土俵の上なのです。
この床が私に勝機をもたらしてくれるかもしれません。

ゆっくりと立ち上がって・・・私は両腕を上下に2回ほど上げ下ろしして3回目に高く上げます。
そのままギュッと拳を握り締め、ゆっくりと胸の前までおろして構えを作ります。
「・・・よし。ニコラ・・・やろうか」
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