臆病者の暴力

文字数 1,303文字

中田さんをひとまず部屋に連れて行きホテルの従業員が簡単な傷の手当をしてくれました。
こぶができた程度でたいしたこと無さそうでしたが、打ち所が頭なのでバンコクに戻ってちゃんと検査すべきでしょう。

その後、警察がやってきてなんやかんやとからんでくる。

「犯人を捕まえるのに捜査費用が200ドルかかるから支払え」

「なにも盗られてないから別に捕まえなくて良い」と言うと

「じゃあ100ドルでいい。払え」「払わない」訳がわかりません。

そのうちに「おまえに傷害の容疑がある。署まで来い」といい出す始末。

なんなんだ!ここの警官は。



中田さんが警官に言いました。

「私たちはカンボジア政府軍の**さん達と飲んでいました。証人として呼んでください。それと署に出向くのなら日本大使館の指示をあおぎます。あなたの名前と階級を教えてください」

警官はおとなしくなって型通りの取り調べをして帰って行きました。(中田さんスゴイ!!)


「ホールドアップさせられたときは金はやってもいいと思ってたんですよ。ドルはみんなTCだから盗られても再発行できるし、カンボジアの金なんてタイに戻れば紙屑ですから」
と中田さん。

「でも、いきなり殴るんだから乱暴ですよね。で、気絶したふりしてやりすごそうと思ってたらトミーさんがいきなり暴れ出すからびっくりしました。ショットガンと素手で戦えるなんて空手ってすごいものですねえ」

・・・・とんでもないです。終始冷静に最善の行動をとっていたのは中田さんの方で私はといえば恐怖にかられて無茶をしただけでした。

私は私をボディガードに雇った中田さんのことを小心者と思っていましたが、ただの小心者ではないことが今回の一件でわかりました。
小心者ではなく、用心深いのです。


私がこの旅で学んだことは暴力の根元は弱さと臆病である、ということです。
私は失禁しそうなくらいびびっていたくせに、ショットガンを奪い取って力関係が逆転したとたん、相手を追いかけてまで暴力を振るおうとしました。

もし中田さんが止めていなければ・・・私は人殺しになっていたかも・・ぞっとします。

いつの日か自分を殺しにくる可能性のあるものを皆殺しにしたポルポト派の暴力。
臆病者が自分より弱いものを痛めつけ恐怖をまぎらわせる。

ここに暴力の病巣があるような気がします。



バンコクに帰る飛行機が離陸します。

窓から見えるカンボジアの風景が小さくなって行きます。

・・・もう二度と来る事はないだろうな・・・・・

気流の関係か飛行機が大きくバウンドするように揺れました。

中田さんはシートベルトサインが消えてもベルトをはずしません。

よく見ると・・・・小刻みに震えてる・・。

・・・・こいつ、やっぱりただの小心者か・・・・?



数年後のことですが、二度と来るまいと思っていたプノンペンに私はいました。
後の仕事の関係です。

ホテルのレストランに行くと、例のあの日本大使館の張り紙がありました。

「プノンペン市内では旅行者を狙った強盗事件が多発しております。夜間の外出は控えてください。犯行には実際の銃器が使用されていますので、被害にあった場合は『たとえ武道の心得があっても』、決して抵抗しないでください」
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