第18話 千葉寮から両国の寮へ

文字数 1,941文字

3月26日(日)
今日はアルバイト先の宮田さんが11時ごろ車で迎えに来る。
午前9時、まだ2日酔いで頭が痛い。送別会で貰った花束を持って食堂に向かった。

「伊藤さん、おはようございます。この花を食堂に飾って下さい」
「早川君、今日で最後だね、ご苦労様でした」
「こちらこそ、色々お世話になりました」
「花はいいけどさ、あんた昨晩ひどかったよ」
「ええ、何で知っているんですか」
「何でじゃないわよ、うちに来たの覚えていないの?」
「昨日、伊藤さんちにいったんですか」
「うちの父ちゃんと、夜中にタクシーで帰ってきてさ」
「ええ~?覚えてないです」
「いや~ね、玄関に戻した事も覚えていない?」
「ええ?伊藤さんちの玄関ではいたんですか?」
「そうよ、あんた送別会でだいぶ飲んだんでしょう」
「はい、最後がどうなったか覚えていないんです」
「うちの父ちゃん馬鹿だから、家に上がってビールでも飲めって」
「また飲んだんですか?」
「飲めやしないわよ、グデングデンで二人ともフラフラだったよ」
「それからどうしたんですか」
「あんたさ、小夜子の部屋に行きたいって言うのよ」
「うあ~、恥かしい、そんな事言ったんですか」
「二人の声で小夜子が起きてきちゃってさ、あんたに幻滅していたよ」
「うわ~、まいったな。覚えてないんですよ」
「そのあと、私があんたの部屋まで送っていったんだよ、覚えていないの」
「ええ、全然記憶がないんです」
「あんたね、もうあんまり呑んじゃ駄目だよ」
「すみませんご迷惑かけちゃって・・・」
「普段は好青年なんだから、もっとしっかりしなくっちゃ駄目だよ」

伊藤さんは私を優しく諭してくれた。
恥かしかったが嬉しい気持ちがした。
伊藤さんの優しさが伝わってきた。

「初めてなんです、あんなに飲んだのは」
「酒は人を狂わすって言うからね、ほどほどにしたほうがいいよ」
「もうあんなに飲みません。まいったな~、小夜子さん怒っていたでしょ」
「怒っちゃいないけど、酒飲みって嫌いだって」
「小夜子さんに嫌われちゃったんですか?」
「うちの父ちゃんも酒飲むとしつっこいのよ、だから小夜子に嫌われるのよ」
「失敗したな~、まあしょうがないか、嫌われちゃったのか。自業自得ですね」
「あら、早川君、小夜子に気が合ったの?」
「ええ、ちょっと可愛いなあと思っていたんです」
「ほんと、じゃあ小夜子を呼ぼうか?それを聞けば喜ぶわよ」
「いいです、いいです、恥かしくって顔を合わせられないです」
「あら残念ね、東京へ行っても気をつけてね、酒で失敗しないようにしてね」
「はい。伊藤さん、色々お世話になりました。ありがとうございました」
「気が向いたら、小夜子に手紙でも書いてやってね」
「はい。じゃあ、小夜子さんにもよろしく伝えて下さい」

朝食をきれいに食べて部屋に戻り宮田さんが来るのを待った。
部屋の窓を開けると伊藤さんちの窓辺に小夜子さんがいた。
小夜子さんが小さく手を振ってくれた。私もそれに合わせて頭を下げた。
昨日の事が恥かしくなって頭を下げながらカーテンを閉めた。

いよいよ引っ越し。朝11時に宮田さんが迎えに来た。
布団と蛍光灯スタンド以外たいした荷物はなかった。
下着や身の周りの物はナイロンバックに詰め込んだ。
青い色のスバルサンバーの荷台に布団を運んだ。
小夜子さんは社宅の窓から様子を眺めていた。

「早川、じゃあ行くぞ、忘れもんはねんべな」
「はいこれで全部です」
「あの窓から見てる子、おめえの彼女なん?」
「違います、食堂の賄いのおばさんの娘です」
「へ~、かわいいじゃん」
「じゃあ行きますか、お願いします」
「ほれ、手ぐらい振ってあげろよ」

後ろを振り返ると小夜子さんが小さく手を振ってくれた。
手を振る小夜子さんに車の助手席から何度も頭を下げた。

車が走り出した・・・・・。


三階建ての独身寮と社宅の建物が流れ去るように小さくなっていった。
10分ぐらい走ると車は大通りに出た。
「あああ~、管理人に部屋の鍵を返すのを忘れちゃった」
「おめえ、馬鹿なん?さっき忘れもんがないかって確認したんべに」
「すみません、戻ってもらえませんか」
「あ~あ、戻るしかなかんべよ」

恥かしかった。寮に戻り管理人室へ鍵を返してきた。
幸い伊藤さんには見つからなかった。歯車のねじがどこか一本緩んでいる。
かっこよく生きるのは私には無縁のようだ。

京葉道路を走る車の中ではラジオからお昼のニュースが流れていた。

・・・・今朝午前9時ごろ、早稲田大学の学園闘争で~~~
・・・・革マル派等の学生がバリケードを築き大隈講堂を封鎖~~~
・・・・大学当局の要請を受けた機動隊は~~~

私の行く大学が荒れている・・・・・・・・・・・


運命は次の歯車に向かって動き始めている。

                「4部 運命は次の舞台」へ続く
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