第七話 大蜈蚣を斬る

文字数 1,986文字

「ここがその島か」
「夜だぞ。危険ではないか」
「いや。今宵は月夜。仕留めるなら今だ」

大蛇の不思議な船は湖面に浮上し、ゆっくりと小島に寄った。そして月が浮かぶ湖面に小舟が迎えにやってきた。

「旦那様。どうぞこれに」
「頼りないが。仕方がない」

そう言って篠が乗った。そして龍牙と笙明を乗せて船は島に着いた。
小さな船頭は三人を置いて去って行った。

「さて、どうする」
「探しに行くのは面倒だな」

森が茂る小島の夜。無闇に動かぬほうが良いと判断した三人は岸辺で火を起こし始めた。
流木に火を放った彼らは、小波を聞いていた。

「あーあ。腹減ったな」
「だからお前も食べれば良かったのじゃ」
「だって大蛇の御馳走だよ?俺は御免だよ」

そんな中。笙明は険しい顔をしていた。

「どうしたの」
「そんなに腹が」
「違う……この島は妖の力が」

彼はそう言って刀を抜いた。

「みろ。妖気が薄れておる」
「何?そんなわけは」

首を横に振る笙明はこの島は陰陽師の力が出ぬと小声を出した。

「月が出ているのに?」
「用心せねばなるまい」

そう言って笙明は流木を拾い集めこれに火をつけた。

「何をするの」
「気休めかもしれぬが、念のためじゃ」

星を見て包囲を確認した彼は、燃えた木々にて結界を作った。彼らの周りに置かれた火は静かに燃えていた。
こんな話の中。辺りに生臭い匂いがしてきた。

「……来たか」
「笙明殿。ここは我らが」

そう言って篠と龍牙が太刀を構えた。が、笙明はこれを静かに制し、声を発するなと指で示した。

これに息を飲んだ篠と龍牙は周りに集まった蜈蚣を見た。その数は地面を埋め尽くすほど。こんな蜈蚣達は結界に入れずじっと止まっていた。

「ど、どうするの」
「笛は」
「数が多すぎる……これでは……」

過ぎていく時間。これに息迫る三名だが、東の方角の火が消えようとしていた。
これを合図に突進する覚悟の三名は太刀を抜いた。

「……参るぞ」
「ああ」
「斬って斬って斬りまくってやるさ……あ?」

その時。彼らの頭上に白い鳥が飛んできた。蜈蚣はこれに動揺した。彼らこの機を逃さず斬り出した。

蜈蚣の足を切ってもキリがない。彼らは頭を斬っていった。
頭上の白鷺は懸命に湖面に蜈蚣達を挑発し、怒りの狂った蜈蚣達は、湖まで追い掛けて死んだ。
こんな戦いの中。とうとう巨大な蜈蚣が襲ってきた。

「ぐわ」
「篠!」

蜈蚣に踏まれた篠はそれでも生きており、必死に短剣で腹を刺していた。

「離せ!この」

龍牙は蜈蚣の胴を刺そうと近づくが、その足に邪魔されて近づけなかった。そこで足をバッサバッサと斬って行った。その間、笙明は大蜈蚣と正面で戦っていた。
彼を齧ろうと襲う蜈蚣。これを交わすうちに、飛んできた鷺がその目を突いた。蜈蚣は苦しみ悶え出した。

「龍牙!今だ」

声と当時に駆け出した龍牙は、蜈蚣の顎の下に入り突き刺した。そして篠が胴に短剣を刺した。これに蜈蚣は倒れた。

「澪はどけ!ここは私が」

月光の元。笙明は気を溜め、蜈蚣の首を一太刀で落としたのだった。


その後。大蜈蚣が死ぬとその他の蜈蚣は逃げ去っていった。闇夜の中、追うのをやめた三名と娘は岸で一息ついていた。

「澪は飛んできたんだね。弦翠様はどうしたの」

「さあ?私はみんなの狼煙が見えたので。思わず飛んできたの」

弦翠を置いてきてしまった澪に三名は思わず笑った。

「まあ、私が謝るから案ずるな。それよりも妖の塊はいかがした」
「明日の朝にしようよ。俺は疲れた」
「わしも」

篠と龍牙はそう言って岸辺の草の上で寝転んだ。笙明は再び火を用い、結界を張り安全地帯を作った。

「澪も休め」
「いいのです。笙明様こそ休んでください」
「では。一緒に」

湖の波音。暗い世界で二人は寄り添って横になった。

「寒くないか」
「はい」
「澪よ……。兄者に何か言われたのか」
「……いいえ」
「嘘じゃ」

澪の陰りの顔を笙明は懐に入れた。

「誰がなんと申しても。我らの心は一つぞ」
「はい」
「私はお前が好きだ……ずっと。こうしていたい」
「……澪も。こうしていたい……」

月夜の風は心地よく彼らを包んでいた。光る星に微笑んだ二人は、静かに目を閉じたのだった。


そして夜明け。彼らに迎えの船がやってきた。

「待って!妖の塊を抜いて来ないと」
「行って参れ」

大蜈蚣の骸から篠は塊を見つけてきた。この三名が小船に乗ったのを見た澪は、鷺の姿となり先に岸辺に帰ってきた。


「帰ったか」
「はい。笙明様達もこちらに向かっています」
「左様か」

馬の世話をしていた弦翠は、機嫌の良い澪に呆れていた。

「どうやらうまく行ったようだな」
「はい!退治できたので。そうだ!朝餉の用意をしないと」

鼻歌まで歌う娘にさすがの弦翠は、笙明を思う彼女の思いを知った。

「はあ。敵わぬな」
「何か?」
「ふふふ。あのな。さあ、火を起こすか」

うまい飯を作ってくれと、弦翠は微笑んだ。

朝日が光る湖面。白鷺娘の笑みを彼は眩しそうに見つめるのだった。



最終五章「都へ」に続く



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