第三話 柳の商家

文字数 3,022文字

「ほお。そうであったか……」
「晴臣。いよいよか」
「ち、父上。いつの間に」

八田家本宅。一人、水鏡で占っていた晴臣は音もなく背後にいた父親の夕水に驚いた。妖退治を楽しみにしている父に息子は呆れた顔をした。

「私が視ていたのは笙明達の様子です。まだ父上の出番ではありませぬ」
「そう嫌な顔をするな。私は早く退治をし、帝様をお助けしたいのじゃ」
「失礼致します。晴臣様」

ここに家臣の加志目がやってきた。忠信の彼は妖を探し都を探索していた。本丸が炎上した都はすでに一年が過ぎ、城下は落ち着きを取り戻していた。そんな中を加志目は商人の話を伝えた、

「何やら怪しげな話がございましたので、調べて参りました」
「して?いたのか」
「父上、そう急かさずに。加志目。続けよ」
「はい」

城下にある商屋。ここから黒い煙も見えたと加志目は報告した。


「私の目ではそこまで。お館様のお力なら妖が視えるかと」
「よし!参るぞ」
「父上……はあ、紀章を呼べ」

あまりに張り切る父に晴臣は弟を呼んだ。そして加志目に供をさせ翌日向かわせた。

立派な商家は川のほとりにあった。柳が揺れる川辺には運搬用の小船が浮かんでいた。

「この屋敷にござりまする」

加志目の目線に紀章は屋敷を見上げた。

「私は……匂います。父上は」
「もちろんじゃ!参るぞ!早う」
「お待ちください?まずは私が」

急かす夕水を制し、加志目は門を叩いた。中からは女中がでてきた。
天満宮の陰陽師である加志目達を見た女は、家の者に確認し、改めてやってきた。女は主人が話をしたいと言うので三人は奥の部屋に通された。

商いが繁盛している様子の屋敷の廊下には忙しく人が行き交っていた。その中を三人は座敷にて静かに待っていた。

「父上は何を感じておいでですか」
「重々しい気じゃ。息が苦しいくらいじゃ」
「私は頭が痛くなってきました」
「私はなんともありませぬ」

妖の才が薄い加志目であったが、周囲を窺うように座っていた。ここに男主人が入ってきた。

「これは天満宮の八田様。良きところに」
「と言うことは何かあるのじゃな?」
「はい。私の妻でございます」

身重の妻。お産はまだ先であるが、苦しそうに伏せっておるとのことだった。

「医師に見せましたが病にあらず。しかし夜も眠れませぬ。このままではお腹の子供と一緒に死んでしまいます」
「どうじゃ。紀章」
「見てみましょうか」
「おお、どうか是非」

こうして三人の陰陽師は伏せっている妻を診た。顔色悪く、寒い日であるのにひたいには汗が光っていた。
彼女は話もできず息を絶え絶えしていた。

「いかがですか」
「……確かに。妖が憑いています。でもそれがなんなのか」

紀章は妻をじっとみたが、原因がわからなかった。その時、加志目は熱に唸る妻の寝言を聞いた。

「『寒い……ここは寒い。ああ……帰りたい』と申しております」
「ここが家のはずだ。一体これは」

不思議がる紀章を隣に夕水は主人に尋ねた。

「……主人。この娘御は腹が大きくなるまで何かござりませぬか」
「じ、実は」

この家には妻がいたが、子ができなかった。そこで主は若い娘を妻にし、前妻を追い出したと話した。

「前妻には金をやり実家に帰らせました」
「しかし。この強い念は女のもの」
「危ういですな」

夕水と紀章の見立てで、急きょ厄払いをすることなった。寝ている妊婦の周りに三人の陰陽師が取り囲んで立った。

「加志目。我らが追い出すのでお前が妖を斬れ」
「はい」
「では参るぞ」

夕水が唱えた韻。これに倣うように紀章と加志目も続いていた。
するとだんだん女の口から黒い煙が出てきた。加志目はこれが出尽くすまで韻を唱えながら待った。
苦しそうにもがく女。おびただしい黒煙はよく見ると人の形になっていった。

「いざ」
「しばし待て!これは……」

形はやがて女となった。女は恨めしそうに妊婦を見ていた。

『憎しや……。私のものを奪うとは。返せ、返せ』

黒い煙はそう言うと妊婦の首を締めようとした。ここで加志目はえい!と太刀を振った。あたりにはぎゃあああと言う断末魔が聞こえてきた。そして煙は外へと消え去った。

「やったか」
「父上。あれをご覧ください」

床には妖の塊であろうか。黒い石が落ちていた。これを夕水が拾った。

「確かにそうじゃ……ん?あれはなんだ」

煙が消えた部屋。そこには老婆の顔をした妊婦が横たわっていた。

「これはなんと」
「急に歳を取っている。どう言うことだ」

ここに主人が顔を出した。

「お前、あ?なぜお前がここに」
「いかがしたのですか」

すると主人は真っ青の顔になった。

「この女は、私の前妻です。妻は?妻はどこに行ったのですか」

叫ぶ主人に困惑した陰陽師は黒煙が消えた方へと向った。それは庭の外れにあった古井戸であった。加志目の声に、一堂が集まった。

「この古井戸です。何かあります」
「今は使用しておりませぬが、どれ、蓋を」

主人が蓋を取ると、深い井戸には水が光っていた。それに夕水は顔をしかめた。

「……なんてことだ。みろ」
「え」
「女物の着物……え?あれは人ですか」

これに主人は腰を抜かしたが、腰に縄を結んだ加志目は井戸に入りこれを引き上げた。

「骨になっていますね」
「この着物。これは私の妻です。え?では。今は寝床にいるのはやはり」

驚きの主人は恐怖で振り返った。

「夕水様。布団にいるのは前の妻です、この骨は今の嫁です」
「先の怨念はこの娘のもの。このお娘は床にいる女に井戸に落とされたのです」
「まさか?おい、お前!私の妻を返せ」

寝床にいた老婆。主人はこの元妻を揺り起こした。女はようやく目を開けた。

「……お前様。私の子供は」
「何が子供じゃ!この鬼め」
「鬼……そうじゃ、私は鬼じゃ」

女はゆらりと立ち上がった。出ていた腹はすぼんでいた。

「あの女が悪いのじゃ。お前様を奪い、私の居場所を奪い」
「来るな!お前の顔など見たくない!どこぞに行って死んで仕舞えば良い」
「なんてひどいことを」

女はおいおいと泣き出した。この様子を夕水らは黙って見ていたが、紀章が問うた。

「女よ。お前は若い娘を殺した。その報いで鬼となっておる」
「鬼は私ではない!鬼はあの娘じゃ」

夕水が話をしている間。怒りに満ちた主人が女に体当たりをした。

「この鬼め。死ね」
「ぎゃああああ」
「早まるな。ああ。遅かった」

加志目が間に入ったが、男がさした刀で女は真っ赤に染まった。やがて女は死に絶えた。

「はあ、はあ」
「刀を下ろしなさい……ああ、顔が変わってきたぞ」

夕水の声に皆が見ると死んだ女の顔は安らかであった。

「恨みで鬼となったのだ。死してようやく人に戻ったのだな」
「うう……しかし私の嫁は帰ってこぬ。私の子も帰ってこぬ」

さめざめとなく主人を後に、三人の陰陽師は御霊に祈りを捧げるのだった。

そして後日。
この商家が家事となり焼失したと聞き、夕水と加志目は様子を見にきた。



「見てください。お館様。跡形もありませぬ」
「井戸は……ああ、あれをみよ」

そこには童女の姿があった。裸足の童は笑っていた。

「そなたが火をつけたのか。そうか、そうか」

不思議な幼子と話をした夕水はそっと手をかざした。

「お館様」
「この娘は死んだお腹の幼子の魂じゃ。そうか?一人で寂しい思いをしたのじゃな」

供養してくれないので幼子の怨念が火事を起こさせたと夕水は青空を望んだ。

「そんな?ここの一家はみんな死んだのですよ」
「……加志目。祈るのだ。我らができるのはそれまでよ」

そんな夕水は屋敷へと歩き出した。
秋の気配の城下町。白い雲はどこまでも高かった。


続く




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