後編

文字数 4,445文字

「ひどい。これは一体」
「あそこも燃えているよ」
「……何故このようなことに」

篠と龍牙と笙明は城までやって来たが、その火事の様子に驚いていた。

「あ。あそこに妖が」
「向こうにもいるぞ」
「これは策略か。いざ、参るぞ」

妖隊の腕利きの三勇士は、人々を襲う妖をバッサバサと斬っていた。篠は短剣で突き刺し、この隙に龍牙が太刀を振るった。笙明の妖刀は、妖を暴き、次々と倒していた。
見ると他の妖隊も戦っており、妖はどんどん減っていった。

「ふう。そろそろ終わりかな」
「あ。あれを見ろ」
「ほお?これは大物じゃ」

そこには大量のネズミが一斉にこちらに向かっていた。篠と龍牙は一目散に逃げ出した。

「笙明様も逃げて」
「お主達は川にでも飛び込め……」

ここで彼は笛を取り出した。優しい調べはたちまちあたりに鳴り響いた。興奮状態だったネズミはここで動きを止めた。笙明は笛を吹きながら、ゆっくりを歩き出した。
ネズミは彼に従うように後を追い始めた。
人々が見守る中。笙明は川へと進んだ。

「止めろ!こっちに来るな」
「これ。篠!俺たちが川から出よう」

篠と龍牙が慌てて川から出ると、バチャバチャとネズミが川に入って来た。
やがて最後のネズミが川に入ったのを見た笙明は、笛をやめた。
ネズミはそのまま溺れて死んでしまった。

「うええ。気持ち悪い」
「ひどい妖じゃ」
「さあ。二人とも、晴臣兄者の元に参るのだ」

涼しい顔の笙明は、妖を倒しながら本丸を目指した。
東山道の旅をして来た妖隊の彼らには相手にならぬ妖ばかり。妖は彼らに触れることもできず倒されて行った。

「見ろ。あれが八田の妖隊だ」
「天狗の篠とはあの小僧か。なんと動きの速いことよ」
「ではそばにいる大男は修験僧の龍牙か。なんという武勇だ」

城内の役人達は笙明達の立ち回りに見惚れていた。
そんなことには構わず進む彼らであったが、火の手に遮られ先へ進めずにいた。

「熱いよ。龍牙」
「篠。ここは無理じゃ」
「このままでは都がまた焼けてしまう……それにこの妖の数の多さ」

斬っても斬っても増えるばかり。このままでは力尽きるのは明白であった。その時、彼らの頭上では雷が響いた。

「え。急に雨雲が出て来た」
「……兄上達じゃ」

気象を操る兄を知っている笙明は、妖を斬りながら、空から降って来た火を消す冷たい雨を全身に受けていた。ひたすら戦う彼はふと天を仰いだ。

「篠。龍牙。よく聞け。私は今持っているこの妖の塊を使い、ここにいる妖を封印する」
「すべて?そんなの無理だよ」
「そうじゃとも笙明殿。ここには我らの味方がおる。無理をせずとも」

しかし。髪を乱した彼は首を横に振った。

「心配致すな。この地は我が家も同然。その間、私を守っておくれ」

そういうと彼は座り込み、言霊を唱え出した。
彼の瞑想の間。二人は主人を必死に守っていた。

……視える。あれは帝様……暗い部屋でお苦しみじゃ……そして澪。澪はなぜ
晴臣兄者と一緒におるのだ。

その時、笙明の体には月明かりが当たった。すると彼の体が光に包まれた。



……このみなぎる熱い力。月の力だ。

妖退治の旅。この旅の戦いで月の力を巧みに利用できるようになった今の彼は、最強だった。
さらに城の本丸での満月。彼は開眼した。


彼は塊を手に、天に掲げた。

「我。妖を滅するものなり。天よ地よ。我に力を与えん」

すると月の明かりが増した。この光に妖達は悲鳴を上げた。そしてみるみる黒い煙になっていった。それは吸い込まれるように彼の手の内の玉に吸い込まれて行った。
まるで雲を吸い取るような強靭な力に笙明は倒れそうになっていた。

「しっかり。俺も手伝うよ」
「笙明殿。さあ。最後の仕上げをしてくだされ」

篠と龍牙が彼の背を支えた。これに彼は口角をあげた。

「最後の仕上げとな……。いざ、参るぞ!」

彼の全身全霊の力。一瞬、あたりが光で包まれた城内は、静けさを取り戻してた。

「はあ、はあ、はあ」
「やったの?妖は」
「見事。どこにもおらぬ」

疲れ切った彼らは、ようやく安堵した。月夜は優しく彼らを照らしていた。



◇◇◇
「ええと。ここが守護寺じゃ」

笙明の案内で夜の焼け跡を歩いていた三人は、守護寺に声をかけた。

「すいませーん。誰かいませんか」
「はーい……、まあ?篠じゃないの」
「澪!」

ようやく会えた彼らは抱き合った。

「どうしてここにいたの?僕らは探していたんだよ」
「ごめんなさい。晴臣様がここにいるようにと」
「兄者が、そうか」

そんな笙明は、澪は自分よりも兄の話を聞くのかと、気分を害していた。

「笙明様、あのですね。奥の部屋に」
「……兄者に聞けば良いではないか」
「え」

その冷たい声に澪は立ち止まった。しかし、笙明は知り合いに声を掛けられ、去ってしまった。

「澪。大丈夫かい」
「う、うん」

そんな中。都に帰って来た篠と龍牙は、天領庁に挨拶をしてから家に帰ると話した。

「澪はこれから笙明様の屋敷に行くんだろう?」
「そうね」

「楽しみだね。俺も遊びに行くよ」

優しい篠の澄んだ目。澪も素直にうなづいた。これを見た龍牙は家族会いたさに、篠の肩を叩いた。

「さあ。早く参ろう。そうか、澪は来なくて良いぞ。笙明殿と話し合いをしておけよ」

優しい二人であったが笙明は澪に構ってくれなかった。それは劣等生だった自分を都では好評化されたためである。今まで日陰の身であった彼は、此度の妖の退治の成果を褒め称えられていた。

やがて三人と娘は解散した。城内の火事の混乱で簡素な挨拶であったが、篠と龍牙は笑顔で別れた。

その後。多忙になった笙明は澪を母親に預けた。事情を知った母は澪を預かり、笙明は妖の塊の処理や、旅の話の説明で多忙を極めた。


◇◇◇

「母上。お澪は何処でありますか」
「さて。部屋にいませんでしたか」
「おらぬので聞いているのです」
「……お前の妻は菊子ですよ」

縫い物の最中。背を向けたままの母は晴臣に語った。

「澪のことは笙明に任せておけば良いのです」
「自分で探します」

晴臣はそっと念じた。妖の気配を探ると何も感じなかった。そんな彼はある場所に向かった。
雪の上に足跡を作り静かにやって来たは守護寺だった。誰もいない奥の部屋に彼女はいた。

「またここにいたのか」
「晴臣様。外は雪ですか」

彼の体についた雪を見て澪はそう呟いた。

「ごめんなさい。気がついたらまたここに来てしまいました」
「お澪。お前がどうしてここに足が向くのか教えて進ぜよう」

晴臣はパンと手を叩くと、部屋の火鉢に火が入った。

「この城は妖のお前には清らかすぎる。だがこの部屋は鬼門を封印している寺ゆえに無。完全に無、なのだ」

「無。だから心地よいのですね」
「ああ。そうだよ」

晴臣はそっと澪を抱きかかえた。出会った頃よりも軽い体に彼は眉を潜めた。

「ここだけは何の影響も受けぬ。私も陰陽師ではなく、一人の男として戻れる場なのだ」
「晴臣様が?どうして」
「どうしてって。それはだな」

彼は彼女を抱き上げ火鉢に寄った。そばに座り、二人で暖を取った。

「私は幼い頃より天満宮を継ぐように育てられた。そこで私の中の醜い心、陰陽師として持ってはならぬ黒い想いを捨てたのだ。しかし、それは難しく。私の中に常にあり、長年私を苦しめて来た」
「……」
「だがな。この部屋ではそれが解放されるのだ。心が解き放たれ、身が軽くなるのだ」
「身が軽くなる……そうですね。澪もそうだわ」

顔色が悪い澪はそういい、目を伏せた。これに晴臣は胸が苦しくなった。

「お澪。笙明はお前に会ってくれぬのか」
「そんなことはありません」
「ではなぜそのように生気がないのだ」

心配している晴臣に澪は笑みを見せた。

「澪は元気です。本当に幸せよ」
「お澪……」

食べ物もあり、快適な住居。しかし、彼女は日に日に痩せて行った。笙明もこれを知ってはいるが、妖の封印の指示役と、小さき社の宮司を仰せつかり、多忙を極めていた。
愛しき娘。彼女の健康を願い晴臣は頬を寄せて優しく抱き上げた。そして母屋へ連れて帰ったのだった。



こうした中。朝廷から八田家に命令がきた。夕水は息子たちの前で読み上げた。

「澪を帝の世話係に任ずる、とある」
「何と」
「父上。それは誠ですか」
「信じられない。なあ。笙明よ」

晴臣、弦翠、紀章の声の後、笙明は静かに父を見つめた。

「父上。兄上……その達しを見せてください」

笙明は奪うように手紙を持った。そこには澪を帝の世話係に任ずると確かにあった。震える手で読む笙明。晴臣も頭を抱えていた。これを弦翠が推測した。

「あの火の手の際。澪は帝のそばにいたものな。おそらく、それで目に止まったのであろう」
「澪は都にいる娘の中で、一番美しいですから。従うしかありませぬ」
「いや。帝には渡さない」
「何をいうのだ笙明」

夕水に歯向かう笙明であったが、晴臣はこの場に澪を呼んで事情を話した。

「そうですか。では澪は参ります」
「行くのか?」
「はい」

澪にとっては帝は病の男。その手当てをすると彼女は語った。

「しかしだな。澪」
「笙明様。だってこれは断れないのでしょう?澪は参ります。これで皆様のお役に立てるのならば」

本人が行くと申して聞かなかった。意味を知っているかどうか定かではないか、澪の固い意志に倣い、夕水はこれを了承した。
この夜。珍しく笙明と澪は一緒に過ごしていた。月夜に酒を飲む彼のそば。澪は上機嫌であった。

「ふふふ」
「帝のそばに行くのがそんなに楽しみか。もう、私には会えぬかもしれぬのに」
「そのようなことはありませんわ」

酒を注ぐ彼女は恐ろしいほど綺麗だった。

「澪は役目が済めば戻って来ます」
「そういう訳には参らぬ。ここには決まりがあるのだぞ」
「澪は都人ではありませぬ」

そう言って彼女は笙明に寄り添った。一月の空気は冷たかった。

「時は過ぎてゆく。こうして一緒にいてもこれも過去。だから今、この時が全てなんです」
「今、この時」
「そうです。今が、永遠なのです」

抱き合う二人は心を一つにし、春まだ早い夜を過ごしたのだった。


こうして宮廷に行ってしまった澪は、帝の世話係りをしていた。まだ呪詛が抜けきれず苦しむ帝は、妖娘がそばにいることで朗らかに過ごしていた。そして澪が語る笙明たちの旅の話を聞き、彼女の料理まで食するようになった。これが功を奏したのか、帝は健康を取り戻して行った。

やがて半年も経たぬうちに、澪がいないという噂が回っていた。

「兄上。どういうことですか」
「今、父上が右大臣に伺いに行っている、あ。帰ってきたぞ」

笙明と晴臣は、帝が澪に暇をやったという事実を聞かされた。

「暇とは……しかし。ここには戻っておりませぬ」
「笙明よ。お澪は東の国に帰ったのではないか」
「まさか」

この一年の間。神職を継ぐ笙明は形式上、妻を娶っていた。そこに愛はない。彼の心は澪だけであったが、彼女はいつまで待っても戻らなかった。

後に帝から聞いた話によれば、澪は話し相手の可愛い娘であり、自分の世話係りをさせているのが不憫になったということだった。

都から姿を消した澪。彼女を想う笙明は、毎夜、月を眺めては、一人寝の夜を過ごす日々を送っていた。



つづく



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