第十二話 春の涙
文字数 2,575文字
「雨か」
「ここで休むとしよう」
妖隊の僧侶の道元は杉の木の下に腰掛けた。大樹の安らかな腕の中で一行は静かに休んでいた。
都にて妖退治を命じられた彼らは疲れた足を投げ出していた。
「……今夜の宿は何処か」
「そうだな……」
同じ宗派の紫藤 と長海 は寒い風に身を縮ませていた。強い使命感でここまでやってきたが彼らはまだ一体も妖を退治できずにいた。これを都の仲間に言えない彼らは、逃げるように東に道を進んできたのだった。
しかし。いつしか使命も忘れ、ただ先を急ぐ旅をするようになっていた。汚れた着物の空腹の彼らは雨の後、引きずるように歩き、やがて寂れた道中の無人のお堂にて休むことにした。もう何日も飯など口にしていない彼らは夢現で眠っていた。
外は春の雨。冷たい空気に中、三名は静かに眠っていた。
すると戸がガタガタと動いた。
「誰ぞおるのか」
紫藤が声をかけたが返事はなかった。風のせいだと話す長海はそばにあった棒でこれを抑えた。そして腹が減った彼らは水を飲んでいた。
「明日は魚でも取ろう」
「ああ。今夜はもう寝よう」
腹が減るだけだと話す三名は、雨音を枕に眠っていた。
……ガタガタ……
深夜。また戸が動き出した。眠りが覚めた道元は月明かりが溢れ部屋の戸を直そうと寝ぼけ眼で手を置いた。
……ガン!ガタガタ!
「おい、誰かいるのか!」
明らかに何者かがこの部屋に入ろうと木戸を力尽くで開けようとしていた。あまりの恐怖に道元は必死に戸を押さえていた。
「何をしておる。道元」
「早く!手伝え」
「なんだって?」
長海と二人で必死に抑えているとこの力は鎮まった。
全身汗の二人はこのまま眠れず、紫藤を起こし朝日が溢れてきた頃ようやく戸を開けた。
「この足跡はなんだ」
「人ではないな」
「……鬼か?いや、熊かもな」
昨夜の殺気に震える道元と長海であったが、紫藤はこれを倒そうと言った。
「我らは妖隊だぞ。これは好機だ」
「しかし、どうするのだ」
「……罠を仕掛けるか」
妖術はあるが初の大物退治に怯む三人は、今夜魔物も来ると見込み対策を練ることにした。
三人は川で魚を釣り、これを焼きながら策を話し合った。
「戸が開けば入ってくるよな」
「ああ。しかし我らが食われるかも知れぬ」
「だが、倒さねばなるまい」
そこで道元達は食事を終えると用意に取り掛かった。
「この木に札を貼り、我らの代わりとするのだな」
「そうだ。そして我らは隠れて待つとしよう」
軋む床の上に札を貼った木を三本置いた彼らは、夜更けに魔物が来るのを待っていた。
……ガタガタ……
来た、という言葉を飲み込んだ三人は部屋の隅で息を殺していた。
……ガン!ガンガンガン!
相手は容赦なく戸を叩き、そしてとうとう倒してしまった。三人の鼓動が激しい中、それは入ってきた。
……なんだ、あれは?
道元は見たことのない魔物に頭が真っ白になっていた。全身真っ黒な毛で覆われている大きな生き物は、夜に目を光らせて二足歩行で入ってきた。そして身代わりの木のところに荒い息で近寄っていた。
恐ろしさで心臓止まりそうな三人は目を逸らすこともできずただ見ていた。魔物は一本、また一本と品を定めていた。
「うう……ううう。ふ、ふう……」
そして魔物は一本を担ぎ出て行った。
「……立てるか」
「あ、ああ」
「本当に行くのか?」
恐怖に腰がひけて情けない声の長海であったが、道元と紫藤に立たされ武器を持った。月夜の中、魔物の足跡を辿って行った。
◇◇◇
「どこまで行くのだろう」
「歩くのが早いのう」
「……待て、静かに」
山の獣道。黒い魔物は人だと思っている木を担ぎ進んでいたが、とうとう立ち止まった。
そこでは崖の下が洞穴になっており魔物はそこに入って行った。
三人は朝になるまで木に隠れ待ち、朝日を持ってこの中に入って行った。
道元は刀に手を置き、長海も短刀を携えていた。そして紫藤も弓を持ち静かに日が少し差す奥へ進んでいた。そこには藁が敷かれていた。その中に魔物はうずくまり眠っていた。
昨夜の身代わりの木の他に、骨も転がっていた。敗れた着物を見た三名はゾッとしていた。
魔物は寝ていた。三名は息を鎮め、これを取り囲んだ。
……行くぞ。
道元の目の合図で一声に魔物の体に命を経つ武器を突き刺した。
『ぎゃあああああ』
「まだだ!」
やらなければ自分たちがやられる極限状況。三名は必死に魔物を突き刺した。魔物はそして動かなくなった。
「やったか」
「……ああ、動かぬ」
「さあて。顔をよく見るか」
長海と道元はは穴の外に魔物を引きずってきた。
「なんとこれは」
「少年か?」
「……熊の毛皮を着ていたのか……」
まだ幼さの残る彼は頭から黒い毛皮をかぶっていた。そんな時、住処を確認していた道元は仲間を呼んだ。
「これを見ろ。身代わりの木に」
「食べ物を供えていたのか」
「……人と信じたか」
死んだ今では理由は分からぬが、熊の少年は寂しさに飢え、人を拐い供に過ごしていたのであろうと紫藤は語った。
「転がった骨は猫じゃ。着物は本人のか……我らはなんという過ちを」
「道元。此奴は本当に魔物だったのか?」
「……妖の塊を探せ。早く!」
三名は殺してしまった少年の体を調べたが妖の塊を見つけることはできなかった。仕方なく彼らは少年を埋葬し弔いをした。
「おい、そこで何をしているのだ道元」
「此奴の食い物を」
洞穴を物色している道元に紫藤は叫んだ。
「止めろ。それは我らが死なせた少年の物だぞ?」
紫藤の悲鳴に近い声に長海は目を潤ませた。
「ではどうせよと?我らは飢えておるのだ!このままでは犬死だ!」
そう言って熊の少年の食べ物を漁っている道元と長海に紫藤は涙が出てきた。
……仏の道、ならざりけり。魔物は我らじゃ……
都からの遠征の疲労の極限状況。死と背中合わせの旅。新しい墓に春雨が静かに落ちているのだった。
第十二話完
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「ここで休むとしよう」
妖隊の僧侶の道元は杉の木の下に腰掛けた。大樹の安らかな腕の中で一行は静かに休んでいた。
都にて妖退治を命じられた彼らは疲れた足を投げ出していた。
「……今夜の宿は何処か」
「そうだな……」
同じ宗派の
しかし。いつしか使命も忘れ、ただ先を急ぐ旅をするようになっていた。汚れた着物の空腹の彼らは雨の後、引きずるように歩き、やがて寂れた道中の無人のお堂にて休むことにした。もう何日も飯など口にしていない彼らは夢現で眠っていた。
外は春の雨。冷たい空気に中、三名は静かに眠っていた。
すると戸がガタガタと動いた。
「誰ぞおるのか」
紫藤が声をかけたが返事はなかった。風のせいだと話す長海はそばにあった棒でこれを抑えた。そして腹が減った彼らは水を飲んでいた。
「明日は魚でも取ろう」
「ああ。今夜はもう寝よう」
腹が減るだけだと話す三名は、雨音を枕に眠っていた。
……ガタガタ……
深夜。また戸が動き出した。眠りが覚めた道元は月明かりが溢れ部屋の戸を直そうと寝ぼけ眼で手を置いた。
……ガン!ガタガタ!
「おい、誰かいるのか!」
明らかに何者かがこの部屋に入ろうと木戸を力尽くで開けようとしていた。あまりの恐怖に道元は必死に戸を押さえていた。
「何をしておる。道元」
「早く!手伝え」
「なんだって?」
長海と二人で必死に抑えているとこの力は鎮まった。
全身汗の二人はこのまま眠れず、紫藤を起こし朝日が溢れてきた頃ようやく戸を開けた。
「この足跡はなんだ」
「人ではないな」
「……鬼か?いや、熊かもな」
昨夜の殺気に震える道元と長海であったが、紫藤はこれを倒そうと言った。
「我らは妖隊だぞ。これは好機だ」
「しかし、どうするのだ」
「……罠を仕掛けるか」
妖術はあるが初の大物退治に怯む三人は、今夜魔物も来ると見込み対策を練ることにした。
三人は川で魚を釣り、これを焼きながら策を話し合った。
「戸が開けば入ってくるよな」
「ああ。しかし我らが食われるかも知れぬ」
「だが、倒さねばなるまい」
そこで道元達は食事を終えると用意に取り掛かった。
「この木に札を貼り、我らの代わりとするのだな」
「そうだ。そして我らは隠れて待つとしよう」
軋む床の上に札を貼った木を三本置いた彼らは、夜更けに魔物が来るのを待っていた。
……ガタガタ……
来た、という言葉を飲み込んだ三人は部屋の隅で息を殺していた。
……ガン!ガンガンガン!
相手は容赦なく戸を叩き、そしてとうとう倒してしまった。三人の鼓動が激しい中、それは入ってきた。
……なんだ、あれは?
道元は見たことのない魔物に頭が真っ白になっていた。全身真っ黒な毛で覆われている大きな生き物は、夜に目を光らせて二足歩行で入ってきた。そして身代わりの木のところに荒い息で近寄っていた。
恐ろしさで心臓止まりそうな三人は目を逸らすこともできずただ見ていた。魔物は一本、また一本と品を定めていた。
「うう……ううう。ふ、ふう……」
そして魔物は一本を担ぎ出て行った。
「……立てるか」
「あ、ああ」
「本当に行くのか?」
恐怖に腰がひけて情けない声の長海であったが、道元と紫藤に立たされ武器を持った。月夜の中、魔物の足跡を辿って行った。
◇◇◇
「どこまで行くのだろう」
「歩くのが早いのう」
「……待て、静かに」
山の獣道。黒い魔物は人だと思っている木を担ぎ進んでいたが、とうとう立ち止まった。
そこでは崖の下が洞穴になっており魔物はそこに入って行った。
三人は朝になるまで木に隠れ待ち、朝日を持ってこの中に入って行った。
道元は刀に手を置き、長海も短刀を携えていた。そして紫藤も弓を持ち静かに日が少し差す奥へ進んでいた。そこには藁が敷かれていた。その中に魔物はうずくまり眠っていた。
昨夜の身代わりの木の他に、骨も転がっていた。敗れた着物を見た三名はゾッとしていた。
魔物は寝ていた。三名は息を鎮め、これを取り囲んだ。
……行くぞ。
道元の目の合図で一声に魔物の体に命を経つ武器を突き刺した。
『ぎゃあああああ』
「まだだ!」
やらなければ自分たちがやられる極限状況。三名は必死に魔物を突き刺した。魔物はそして動かなくなった。
「やったか」
「……ああ、動かぬ」
「さあて。顔をよく見るか」
長海と道元はは穴の外に魔物を引きずってきた。
「なんとこれは」
「少年か?」
「……熊の毛皮を着ていたのか……」
まだ幼さの残る彼は頭から黒い毛皮をかぶっていた。そんな時、住処を確認していた道元は仲間を呼んだ。
「これを見ろ。身代わりの木に」
「食べ物を供えていたのか」
「……人と信じたか」
死んだ今では理由は分からぬが、熊の少年は寂しさに飢え、人を拐い供に過ごしていたのであろうと紫藤は語った。
「転がった骨は猫じゃ。着物は本人のか……我らはなんという過ちを」
「道元。此奴は本当に魔物だったのか?」
「……妖の塊を探せ。早く!」
三名は殺してしまった少年の体を調べたが妖の塊を見つけることはできなかった。仕方なく彼らは少年を埋葬し弔いをした。
「おい、そこで何をしているのだ道元」
「此奴の食い物を」
洞穴を物色している道元に紫藤は叫んだ。
「止めろ。それは我らが死なせた少年の物だぞ?」
紫藤の悲鳴に近い声に長海は目を潤ませた。
「ではどうせよと?我らは飢えておるのだ!このままでは犬死だ!」
そう言って熊の少年の食べ物を漁っている道元と長海に紫藤は涙が出てきた。
……仏の道、ならざりけり。魔物は我らじゃ……
都からの遠征の疲労の極限状況。死と背中合わせの旅。新しい墓に春雨が静かに落ちているのだった。
第十二話完
第十三話「桜の樹精」へ