第十四話 連携攻撃

文字数 4,138文字

「雨か」
「……無理を致すな。ここでしばし休もうではないか」

 寂れた無人の小屋。しとしとと降る春雨の朝、笙明は床に寝転んだまま話した。

「されど。旅を急ぎ早く妖を退治せねば」
「そうだよ。帝様を」
「そう焦るな」

 声を荒げる二人に笙明は面倒臭そうに起き上がった。

「この一帯には妖はおらぬ。先の隊が滅したのであろう」
「そんな?」
「では先を急げば」
「だから焦るな。澪、茶を」
「はい」

 足をあぐらにかいた笙明は木戸の外の雨を見た。

「そもそもだ。我らは一年も後にやってきたのだ。手短な妖がもうおらぬ」
「確かに」
「じゃあ、どうするのさ」
「……策を立て、他の隊が逃した物を倒すしかあるまい」
「それはどこにいるの?」
「どこですか!」
「声が大きい、さあ、茶を飲め」

 澪の煎れたお茶を飲んだ篠と龍牙はじっと大将を見ていた。

「私の占いと、澪の見立てで検討をつけるのだ。それまではお主達は食べ物探しと腕でも鍛えるのだな」

 そう言って笙明は欠伸をした。これを見た篠と龍牙は茶を飲みおえると軒先に立った。

「龍牙。剣の稽古をしようよ」
「良い。いざ」

 二人は木の棒を持ち、剣の稽古を始めた。天狗の弟子の篠は短刀であった。故に相手の懐に入らねば届かないのが篠の欠点であった。

「入れれば良いが。その前に斬られてはのう」
「そうなんだよ。それにしても龍牙の太刀は大きいね」

 対する龍牙の剣は太く長い物であった。大柄な彼に似合いの剣は、一太刀で妖を滅する力を持っていた。

「わしの剣は重い。よって一度振り下ろした時が危険なのだ」

「そうか。戦う時はその時、龍牙を守らないとならないのだな」

 互いの欠点を話し合った二人は、魔物を仮定し、戦う訓練をしていた。ここに笙明がやってきた。

「そうか。では妖を出してやろう」

 意地悪そうな顔の彼は足元にいた蟷螂(かまきり)を手に乗せた。そして呪文を唱えた。するとみるみる大きくなり、人並も大きくなった。

「うわ?怒ってるよ」
「これは……篠!剣を持て」
「さ。行け!」

 鎌を振る恐ろしい巨大蟷螂に篠と龍牙は立ち向かった。庭での対決。これを笙明は楽しそうに庭に面した御堂に腰掛けて見物を始めた。

 鎌を振るのが恐ろしく早く、二人は苦戦をしていたが、だんだんと息が揃い、ついには篠が蟷螂の右鎌を落とした。すると一瞬、怯んだ蟷螂は小さく元の大きさに戻ってしまった。

「可哀想な事したかな」

 肩を落とす篠に澪が優しく駆け寄ってきた。

「……これは雀の餌になるわ。ほら」

 やってきた今年は蟷螂を加え飛んで行った。

「よし。では笙明殿。忘れぬうちにまた頼む」
「ええ?」

 驚く篠であったが、笙明は今度は蟻を捕まえて呪文をかけたのだった。



◇◇◇

 篠と龍牙が鍛錬している間、笙明は占いを持って妖の居場所を探っていた。

「……さて。澪よ。明日、晴れたらあの山のむこうを見てきて欲しいのだ」
「はい」
「わずかであるが気配がする……ん?いかがした」

 じっと自分を見つめる澪に、笙明は目をあげた。

「笙明様は、剣の練習をしないのですか?」
「ああ、それか」

 彼は自分は神に仕える者であり、武士ではないと話した。

「私の剣術は身を守るもの。闘う物ではない」

 澪は不思議そうにうなづき、屋外で棒を振る篠と龍牙を見て話した。

「では私も何かできた方が良いのですね」
「やめておけ。怪我をするだけ。お前は何かあれば逃げたほうが良い」
「いいえ。澪も戦います。だって笙明様をお守りしたいの」
「あ。こら」

 娘はそう言うと自身の腰の短刀を取り出した。これは彼女が旅に出る前に自分で持ってきたものであった。

「これは、斬れば良いの?それとも刺すんですか」
「……待てと申すに。ほら、元に戻せ」

 鞘に入れさせた笙明は、澪にため息をついた。

「しょうがないやつだ。そんなにやりたければ龍牙に聞いてまいれ」

澪は嬉しそうに跳ねるように庭へ向かった。笙明は一人、占いを続けていた。



◇◇◇

「澪もやりたいと?」
「はい、ここに刀はあるのよ」
「でもさ。難しいよ」

 戦いたいと話す澪であったが、二人とも弱々しい彼女には難しいと思っていた。しかし龍牙は彼女のために考え出した。

「よいか。……敵と対面し構えてもな。お前が刺しに行ったところで、腕を掴まれるだろうな」

 篠も同じであるが、彼は早さがあり、さらに龍牙と合わせる手筈になっていた。澪は龍牙の言う通りに動いて見たが、篠もおそらく捕まると話した。

「こうして手首を掴まれて。刀を落とされるだろうね」
「うう。男の人の力はすごいのね」
「さすれば。どうすればそうならないのか考えねば……」

 対戦相手の刀はおそらく長い物であり、澪が懐に入るまで相手の刀で斬られるだろうと龍牙は呟いた。

「どうすればよいの」
「篠のように相手の攻撃を交わした隙に素早く懐に入るか。しかし澪では一撃で仕留められぬ。お前も反撃を受けるであろうな」
「やっぱりやめなよ」
「みんなして。私を邪魔者扱いして。ひどいわ」

 澪は泣きながら森に消えてしまった。

「あーあ。どうする」
「そのうち帰ってくるであろう」

 疲れた二人も御堂に戻り、笙明の占いなどを見ていたが、さすがに澪が心配になってきた。

「探しに参るか」
「でもどこに行っちゃったのかな」
「静まれ……今、視てみよう」

 笙明は指を構え静かに目を閉じた。

……森の中……泉の近く……寝てしまったか……

 千里眼の俯瞰で彼女を見つけた笙明は二人を伴い、森に入って行った。

「ここは薄気味悪いですな」
「うん……なんか木がこっちを視ているみたいだね」
「……急げ。水の匂いを辿れ」

 嫌な予感のする木々の根を乗り越えながら笙明達は澪を探して入って行った。そして澪がいたはずの泉にやってきた。

「あ、あそこで水が湧いている」
「どれ。見てこよう」
「……慎重にな」

 すると三名にどこからか声がしてきた。

……おおお……

「なんだ?これは」
「笙明殿?魔物であるか」
「待て!」

 恐ろしい声がまだ続くが姿はなく、襲ってくる気配も無かった。そんな時、篠が叫んだ。

「ここに骨が落ちてる!人の骨かな」
「澪はどこにいる?」
「下がれ……静まれ」

 笙明が制すると辺りは静まり返っていた。

「ど、どう言うこと?」
「魔物に嵌められたか」
「……心せよ。襲ってくるぞ」

 しかし。恐ろしい声が聞こえてくるが、彼らを襲ってくる者はいなかった。そこで三名は必死に森から出ようとしたが鬱蒼としげる樹々に押され出口を見失ってしまった。

「笙明殿の力でも駄目ですか」
「こう、月が出てぬとなるとな」
「もう使えないし!いいよ、俺が澪を呼ぶ!澪―――。澪!」


 篠が叫ぶか一向に応じる様子がなく、龍牙は木の根に座り込んでしまった。

「聞こえぬのじゃ。さて、今夜はここで寝るのかの」

 諦めかけた最中、笙明は懐から笛を取り出した。横笛から流れる調べは木の枝を抜け森の中を響き渡って行った。
 美しい音色に篠と龍牙がうっとりする中、薄暗い中に白い娘が姿を現した。


「……」
「澪!」
「お前を探しに参ったのだぞ」

 立ちすくむ澪を確認した笙明は安心したように笛を下ろした。

「澪。ここに来い。怪我はないか」
「……はい」
「済まぬが。我らは方向がわからぬ。飛んで見てきてくれぬか」
「……」
「どうした?」

 笙明が首を傾げると、澪はじっと彼を見ていた。

「澪は邪魔者ですもの」
「ん?」

 目を潤ませ笙明を見つめる澪に、篠は慌てて答えた。

「み。澪。そんなことないよ」
「そうじゃ。お前は必要だ」
「……嘘よ」
「どれ。澪。こちらにおいで」

 不貞腐れている澪を彼は優しく腕に抱いた。

「いい娘だ……。お前は賢く大変、役に立っている。私達はお前がいなくては何もできぬ」
「本当に?」
「ああ。何もできぬ。夜も眠れず前も歩けぬ。なあ?篠よ」
「うん。息も吸えないよ」
「わしは生きてゆけぬ」
「まあ?ふふふ」

 ころころと笑い機嫌が戻った澪は、笙明の腕の中で顔を見上げた。

「私、飛んで見てきます」
「気を付けろ。そして必ず私の元に帰るのだ」
「はい」

 たおやかに動いた彼女は駆け出したかと思うとあっという間に鷺になり飛んで行き、戻ってきた。彼女の道案内で彼らは森から抜け出ることができたのだった。


◇◇◇

「ところでさ。あの奇妙な声はなんだったの?」
「ああ。あれ?私は知ってるわ」

 澪は妖がいるのかと思い、探しに行っていたと説明した。


「あれはね。強い風が吹くと岩陰から鳴っていた音よ」
「岩の音?」
「まるで鬼の声であったな……」

 笙明は森に迷った人間が、恐ろしさであの泉の地で果ててしまうのであろうと推理した。こんな話の中、澪はいそいそと粥を作っていた。これを見た篠がヒソヒソ話した。

「なあ。あんまりいじめちゃ駄目だよ」
女子(おなご)は本当に難しいのう」
「……わかった。澪よ」

 火のそばの彼女の背に彼は立った。

「お前は私達のために剣を覚えたいと言ってくれたのに。済まなかった」
「もういいです」
「良くはない。私はお前を危険な目に合わせたくなかったのだ」

 優しく肩を抱く彼に、澪はため息をついた。

「もうわかりました。澪は澪のやれる事を致します」
「そうか」
「……ですので。どうか、お役に立てる時は、何でも言ってくださいね」
「澪」

 彼は背後から愛しい娘をそっと抱きしめた。

「愚か者め。お前はいつも役に立っておる」
「笙明様……」
「どうでもいいけど早く夕餉にしようよ」
「ああ。澪よ。わしらを忘れるな」


東の国の春の雨が上がった。明日の出立に一同は宵の金星を望んでいたのだった。

第十四完
第一章 『東山道』 完
第二章『燻る火』へ 



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