後編
文字数 1,087文字
「お前は、天狗の篠だな?そしてあなたが龍牙殿」
「左様です。天満宮の方ですか」
挨拶の中、背中に澪をくっつけて笙明がやってきた。
「兄者。この娘は旅で見つけた娘。妖を視ることができます」
「……澪と申します。あ、こっちを見ないで」
大柄で見下ろす弦翠から必死に隠れる澪に、彼は悲しくため息をついた。
「私は笙明の二番目の兄。弦翠と申す」
「兄?笙明様。本当なの?」
「先ほどからそう申しておるだろう」
「……ずいぶんな嫌われようじゃ」
一同に笑いが出たところで、弦翠は場所を変えようと移動させた。
港にある宿。船で疲れた彼らは寛いでいた。
「娘は?」
「外ですが、篠がついているので問題ござりませぬ」
「それにしても。何かあったのですかな」
龍牙の問いに弦翠はああと肩を回した。それはこの近辺にて怪異が出るとの話。調査に来たと兄は語った。
「とにかく兄者がお前も来るので行けと煩くての」
「優しくて何よりです」
「……わしは宿屋に話聞いてきますな」
やがて兄弟だけになった時、弦翠は帝の様子を話した。多少改善はしたものの、以前、苦しまれている状況だった。
帝を呪った魔物達。これを退治し呪詛を解きたいが、魔物はまだいる様子だった。
「西国に不信がある。何やら目論見があるやもしれぬ」
「父上は何と」
「ただ目の前の魔物を少しでも退治せよと仰せじゃ」
こんな弦翠は一緒に都まで同行すると言った。
「え」
「何じゃ。私が邪魔か」
「そうは申しておりませぬ」
「妖娘の事だろう。まあ、気にせずとも良い」
ある程度お見通しの兄に彼はすっと目を閉じた。
そもそも。弦翠は晴臣から薄々話を聞いていた。しかし本人を前にすると兄が夢中になるのが納得できた。
……都にも。あのような可憐な娘はおるまい。さて。これは大儀だぞ。
あの晴臣が気にする娘にただ興味があっただけであるが、笙明にすがる澪を彼も気になった。
この夜。夕餉を食べた彼らは同じ部屋で休んだ。しかし笙明は弦翠と月を魚に酒を飲んでいた。
「して。あの娘だが」
「弦兄には隠せませぬな」
笙明は陰陽師の兄に澪の正体。そしてこれからの話をした。
「都に連れて参り、私のそばにおくつもりです」
「あれほどの美女。気持ちはわかるが父上が何と申すか」
「……妻でなくとも良いのです。そばに居れば」
そう言って月を見上げた弟は旅の前と比べ精悍な顔になっていた。
妖の旅を危惧していた弦翠は、成長した弟の横顔を見ていた。
……兄者と同じ顔で。よりによって同じ娘を。
「弦兄?」
「なんでもない。それにしても。虫の音がうるさいことよ」
港町。秋の気配の宿はこれから起こる出来事を知らせるかのように、枯葉を静かに落としていたのだった。
続く
「左様です。天満宮の方ですか」
挨拶の中、背中に澪をくっつけて笙明がやってきた。
「兄者。この娘は旅で見つけた娘。妖を視ることができます」
「……澪と申します。あ、こっちを見ないで」
大柄で見下ろす弦翠から必死に隠れる澪に、彼は悲しくため息をついた。
「私は笙明の二番目の兄。弦翠と申す」
「兄?笙明様。本当なの?」
「先ほどからそう申しておるだろう」
「……ずいぶんな嫌われようじゃ」
一同に笑いが出たところで、弦翠は場所を変えようと移動させた。
港にある宿。船で疲れた彼らは寛いでいた。
「娘は?」
「外ですが、篠がついているので問題ござりませぬ」
「それにしても。何かあったのですかな」
龍牙の問いに弦翠はああと肩を回した。それはこの近辺にて怪異が出るとの話。調査に来たと兄は語った。
「とにかく兄者がお前も来るので行けと煩くての」
「優しくて何よりです」
「……わしは宿屋に話聞いてきますな」
やがて兄弟だけになった時、弦翠は帝の様子を話した。多少改善はしたものの、以前、苦しまれている状況だった。
帝を呪った魔物達。これを退治し呪詛を解きたいが、魔物はまだいる様子だった。
「西国に不信がある。何やら目論見があるやもしれぬ」
「父上は何と」
「ただ目の前の魔物を少しでも退治せよと仰せじゃ」
こんな弦翠は一緒に都まで同行すると言った。
「え」
「何じゃ。私が邪魔か」
「そうは申しておりませぬ」
「妖娘の事だろう。まあ、気にせずとも良い」
ある程度お見通しの兄に彼はすっと目を閉じた。
そもそも。弦翠は晴臣から薄々話を聞いていた。しかし本人を前にすると兄が夢中になるのが納得できた。
……都にも。あのような可憐な娘はおるまい。さて。これは大儀だぞ。
あの晴臣が気にする娘にただ興味があっただけであるが、笙明にすがる澪を彼も気になった。
この夜。夕餉を食べた彼らは同じ部屋で休んだ。しかし笙明は弦翠と月を魚に酒を飲んでいた。
「して。あの娘だが」
「弦兄には隠せませぬな」
笙明は陰陽師の兄に澪の正体。そしてこれからの話をした。
「都に連れて参り、私のそばにおくつもりです」
「あれほどの美女。気持ちはわかるが父上が何と申すか」
「……妻でなくとも良いのです。そばに居れば」
そう言って月を見上げた弟は旅の前と比べ精悍な顔になっていた。
妖の旅を危惧していた弦翠は、成長した弟の横顔を見ていた。
……兄者と同じ顔で。よりによって同じ娘を。
「弦兄?」
「なんでもない。それにしても。虫の音がうるさいことよ」
港町。秋の気配の宿はこれから起こる出来事を知らせるかのように、枯葉を静かに落としていたのだった。
続く