第六話 疫の村

文字数 2,506文字

 澪を仲間にした笙明一行は一先ず澪の家に戻り策を立て直す事とした。
若い澪と少年篠は仲良く食事の支度をしていたが、妖を退治する役目の笙明と龍牙はこれからの道を思案していた。

 都から東へ進んできた彼らは今まで二体の妖を滅していた。此度の大火による鬼門の決壊では都の鬼門が破れた際にこれを守護していた水晶玉が魔物によって破壊され四方八方に飛び散ったとされた。
 よって妖を滅した際にこの玉が出てくるであろうと予言があったが、確かに彼らが仕留めた巨大な狸から朱玉が出てきていた。

「笙明殿。澪の母鷺からも玉がございましたな」
「ああ。しかしこれは透明なものだ」

 彼が手に取り透かしてみると日差しにそれは美しく光った。しかし狸や川の鬼娘から出た玉は、恐ろしく朱に染まっていた。

「え、それは?」

 掌に玉を持つ笙明に澪は凍り付いたような顔で見つめていた。

「これは……妖の体から出てきたものだ」
「旦那様?ダメ!……それにはまだ魔物が入っています」
「澪?」

 彼女は思い切り彼の手を払い、朱玉を床に落とさせた。

「危ないです!下がって!その玉にはまだ妖が入っております」
「何と?これはしたり」

 老狸から取った時にお祓いをした龍牙であったが、必死な様子の娘の忠告通り再度、経を読みこれの禍を祓ったのだった。


「うわ。見て、みんな。これ綺麗な色になったよ」
「ほう。これは澪の母と同じだ。ここまで浄めねならぬのか」

 彼女はこの様子を目を瞬きさせていたが手首を(さす)る笙明に思わず寄り添い、赤くなった手を困り顔で撫でていた。

「すみません。痛かったですね?ああ、どうしよう」
「……良い。してお前は妖が視えるのか」

 笙明は傍の澪に真顔を向いた。

「そうかもしれません……今まで気にした事がなかったですが」

 ここで龍牙が笙明に玉を返しながら澪を見た。

「お澪は半分妖だからな?我等の視えぬものが視えるのやもしれんな」

 龍牙の話を聞いた笙明は、透き通った玉を握り澪を見つめた。しかし彼女は申し訳なさそうに奥の部屋に引っ込んでしまった。


その後。澪は夕餉の食事を膳にして三人に運んできた。その間も口数少なく支度だけを済ませてやはり奥の部屋に行ってしまった。


「元気ないね」
「ああ。どうしたものかな」
「……」

 美味しい料理であったが三人は娘の様子が気になったまま夜を迎えた。こんな中、笙明は木戸から月を見上げている澪の元にやってきた

「……澪」
「はい」
「ここに参れ」

 床に坐した彼は澪を懐に抱きながら囁いた。

「これはお前の母から出てきた玉だ」
「綺麗な色」

 うっとりしている澪の髪を笙明は優しく撫でていた。

「そうだ。お前の母は人の化身であったが魔物ではなかったという事だ。だからお前も魔物ではない。安心いたせ」
「……では。澪は一緒にいても良いのですね?笙明様の迷惑にならないですね」

……やはりこの事で悩んでおったか……

 自分をじっと見上げる愛しい娘を彼は優しく抱きしめた。

「ああ。ならない」
「良かった」

 しばらく抱き合っていた二人であったが笙明は彼女に低い声で語り出した。
それはこれからの旅についての約束だった。

「我らは妖を退治する旅をしておる。よってお前も危険な目に遭うだろう」
「私は旦那様を守ります」
「……そうではない。お前は自分で身を守れ。私の事は構うな」
「……」
「約束しないと連れて行かないぞ」
「守ります」

 加えて彼は澪に約束させた。それは正体を知られぬようにする事。笙明、龍牙、篠の話以外を絶対信用しない事と告げた。

「それと他の男に決してついて行くな」
「わかりました」
「……安堵した。これでお前と一緒に行けるぞ」
「はい」

 二人を包む月明かりは今夜も優しく輝いていたのだった。


◇◇◇


 こうして一行は旅に出発した。


「しかしさ。どうして澪の村は疫病でみんな死んだのに。澪だけ平気なの」
「これ?篠」
「龍牙。良いのよ。あのね、お母様が言ってたわ。獣肉のせいだって」
「「「獣肉」」」」

 無人の寂れた村の道を歩きながら澪は詳しく話し出した。それは村の祭りで出された汁の話であった。

「お祭りなのでお祝いにご馳走が出たんです。でも獣肉が入っていたので私と母は食べなかったの」
「もしや。それが妖であったと?」
「今はそう思います」

 澪と母は肉が嫌いであったので口にしなかったと話した。理由はそれしか考えられないと話す澪に対し笙明も納得した。

「道理でな。我ら神に使える者が疫が出ぬのはそういう事か」
「確かに。俺達、肉は食べないもんね」
「あ?ああ」
「そうなんですか……旦那様は食べないのね」

 澪は今の自分なら妖の獣がどうか見極めることができると話した。

「な?澪がいて良かったでしょう」
「篠はうるさい。ほれ、歩け」
「ウフフ。あ。蕗の薹だわ」

 食材を採る澪は跳ねるように道を進んでいった。この様子に馬に乗っている笙明は疲れないか尋ねた。

「平気ですよ。それに何かあったら鳥になるので」
「姿を見られてはならぬと申したであろう?」
「でもさ。笙明様。見られなきゃ良いんだよ」
「そうじゃな。いざとなれば鳥になって逃げるべきじゃ」

 みんなに言われた彼はムスと怒ったので澪は慌てて彼の足にすがった。

「旦那様。澪は勝手をしません。ごめんなさい」
「……」
「旦那様」
「うるさい。来い」

 そういって彼は彼女の腕を引き馬に乗せた。

「良いのですか」
「お前は軽い……しばしこのままで……」

 こんな睦まじい二人を篠は持っていた小枝を振り回し先を歩いていた。

「どうする龍牙。この様子で旅をするんだぞ」
「俺も胸が痛い。しかし早く済ませて都に帰ろう」
「そうだな。ねえ、澪。そこから妖見えないの?」

 春のひばりがうるさい菜の花の道を、彼らは雲の流れと共に東へ向かって進むのであった。



六話 完
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