第五章 都へ

文字数 2,324文字

「はあ、はあ」
「帝様。いかがされましたか」
「あ?ああ。夢にうなされたようだ」

都の本丸御殿。若い帝は真っ青の顔で寝床にて水を含んだ。都を襲った魔物の呪い。この呪詛を見に受けた彼は妖隊による妖魔退治の成果で少しは和らいでいたが、まだ残る妖の呪詛により身は細まっていった。
八田陰陽師によって体の中の妖魔は減りはしたが、彼をまだ蝕んでいた。
この苦しむ帝を見た女官の知らせを受け、翌日、右大臣ら役人は八田夕水ら役人を御殿に呼び出した。

「帝様は口には出さぬが食が細く。日に日に痩せていく。このままでは身が保たぬ」
「左様でござりますか。我らは結界のための守護寺を間も無く完成の運びでござりまする」
「八田殿。それは我の力のなさと聞こえまするが」

夕水の対面にいた役人はそう言い放った。妖達を統括している天領庁。この長である長篠は夕水に向かったが右大臣が間に入った。

「長篠殿。八田殿は陰陽師。妖の封印が務め。その報告をしたまでじゃ」

腕利きが揃ったはずの天領隊。しかし東国の妖退治が滞っていた中、八田笙明が率いる隊が好成績を挙げていることに長篠はすっかり顔を潰されていた。

「それよりも。私が言いたいのはもう待てぬということじゃ。何か、皆に問う。策はないのか」

静まりかえった間。その沈黙を長篠が破った。

「聞けば八田家の笙明殿は妖退治で負けなしじゃ。さらに守護寺は完成の運びとな」
「長篠殿。それはどういう意味でござりますか」

長篠は意地悪そうな笑みで夕水を見やった。

「右大臣殿。都の結界は他の者に任せて。八田殿に妖退治をお願いするのはいかがでしょうかな」
「何と」

ざわつく間。ここに右大臣が止めに入った。

「ならぬ。都には八田がおらねば。また封印が解かれた時、何とする」

「八田殿にはまだ息子がおるではありませぬか。それを放てば良い」
「しかし」
「……わかり申した」

夕水の声が場を一気に沈めた。これには右大臣が驚いた。

「八田。今、なんと申した」
「右大臣様。我らで妖魔を退治に参りまする」

夕水は汚れのない目で長篠に向かった。

「長篠殿のおっしゃる通り。今は帝様のために一匹でも妖魔を退治せばなりませぬ。妖魔がおらねば結界も破れる事はない」
「まあ、そうなるが」

清廉潔白。気良い心の夕水は居並ぶ役員たちに向かった。

「私はこの場で話し合いなどしている場合ではない。帝様のために一刻も早く出立いたします。では」

そう言って夕水は話し合いを終え、屋敷に戻ってきた。


「晴臣や。私は妖退治に参ることにした」
「……父上。なぜそのようなことになったのですか」

お人好しの父を知っている長男は、意気揚々としている様子に嫌な予感がしていた。

そして理由を知り頭を抱えた。


「それはですな。父上を排除しようという長篠の策で」
「そんな事はどうでも良いのだ。帝様は民の身代わりを御身で受けておられるのだぞ」

本気で帝を守ろうとしている父。老齢の父は止めるのは無理だと彼は悟った。

「わかり申した。ですが、策を立ててから参りましょう。それと留守の話もあるので」

父を止めた晴臣は弟の弦翠、紀章を呼び、秋の月の夜。屋敷にて話し合いをした。





「まずは。この度の話は我八田家を除外しようという話じゃ」

晴臣はこの勢力に屈するわけには参らぬと冷たく放った。

「そしてあわよくば我らの地位を奪おうとする輩の話。しかし。父上は覚悟を決められたようだ」
「皆、すまぬ。ワシのわがままを聞いて欲しい」
「兄者。私も一緒に参る」
「私もです」

弦翠と紀章の血気盛んな様子に晴臣は不敵な笑みを浮かべた。

「心強い事よ。では策を話す」

都には秋の足音が聞こえてきていた。




晴臣の策は妖を探し狙いを定めてから出立するというものだった。
各地方に出かけた妖隊は、怪我や疲労もあり第一陣が戻ってきていた。これらを踏まえた晴臣の見立てでは彼らはかなり妖を滅してきたという事だった。

「東の国は笙明が大物は退治いたしました。それでは残りはどこにいるのかという事です」
「西の国は我らが行ったしな」
「海ですか」

この時、夕水が静かに答えた。

「ずっと思っておったが、晴臣。もしや洛中におるのではないか」
「父上。そう通りです」

この都の町にも妖がいると晴臣は立ち上がった。

「私が占いで見つけますので。父上と皆で一気に退治するのです」
「兄者。あの。なぜ今までそうしなかったのですか」

三男の紀章の問いに、晴臣は目を瞬かせた。
晴臣の話によると、今までは地方に妖が溢れていたため妖気を感じなかったが、守護寺の完成による清浄化。さらに妖の減少により微量は気配を感じるようになったと庭の景色を見た。

「私もそう思う。では我らで洛中の妖を滅し、帝様をお助けするぞ。良いな」

父の話に大きく返事をした三息子であったが、晴臣はもう一つ話をした。

「弦翠は笙明を迎えにゆけ。そして今の話をせよ」
「そして共に退治すれば良いのか。これは楽しみじゃな」
「晴臣よ。私が笙明を迎えにいくぞ」

夕水の声に晴臣は反対した。

「なりませぬ。港は遠いですし。御身に何かあったら大変です」
「いや、しかし」
「話はこれで終わりです。では」

そして晴臣は夜の月の庭に出た。後には弦翠が続いた。

「そうだよな。笙明のお供の娘を父上に見せるわけには参らぬものな」
「……」

何も答えぬ兄はただ月を眺めていた。

「兄者。娘をどうする。東の国に送り返せば良いのか」
「無理せずとも。ここに来たければ連れて参れば良い……。下女で使えば良い」
「へえ?」
「父上が反対ならば私が預かる……何だ。その顔は」
「いや?別に」

自分をにやけた顔でみる弟に彼はムッとした。

「もう良い。早く行け」
「はいはい」

秋の落ち葉の庭。月はそろそろ満月であった。八田家は新たな使命を胸に動きしていたのだった。




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