シングルベッド

文字数 1,879文字

『独りだとどうしても暗いことばかり考えたり、トラウマ思い出すんだ。お願い、そばにいて』
そう笑可が切り出すから、ボクは彼女の家に行った。
時刻は夜の25時。
寒い冬に心が折れそうで、三日月が尖った刃物みたいだった。

彼女のいる部屋は1階の奥の部屋だから、忍者になった気分で静かに忍び込む。
なんとかたどり着き、コンコンとガラスのドアを叩くと彼女が無表情で顔を現した。

「......消えたい」
君をこんなふうにする世界から救い出したい。
ボクはそっと笑可の柔らかな髪を撫でていく。
世界がつながる。

「来てくれたんだ......動悸が止まらなくて、このまま私死んじゃうのかなって思うと心細くてさみしくて、悲しくって胸の奥がしめつけられるの」
「笑可......もう悩まなくていいんだよ」

言葉はいらない。
彼女をゆっくり抱きしめる。
この体温が永遠に続いてくれればいいのに。
「いつも豹馬には感謝してる。でも自分で自分を壊したくなる時があるの。
こんな私いなくなっちゃえば、いいって」

病みきった表情をする笑可に、彼女の心の闇は思ったより深いと思った。
「ああ......もうツラいの。豹馬と一緒にいる時だけ何も余計なことは考えないで済むのに。
今が冬だから心の古傷がうずくのかな」

「笑可......笑えない時は笑わなくていいんだよ」
「うん......この先何ができるかわからなくて不安になる。そんな時どうしたらいい?」
「歌を書くんだ。ランクヘッドのこだかに負けないような。フジファブリック志村に追いつくような」
「無茶言わないでよぉ。どっちもプロじゃん」

頬をふくらます笑可。
「サンボマスターに憧れて不登校気味だったところから音楽始めた吉澤嘉代子さん知ってるか? 彼女もスゴイ人だよ」
「聞いてみる」

「なんかバンドによって一人の女性の人生が変わってしまうから、とにかくそれがバンドマジックだよな」
「そうだね。音楽的に困った時は山沢さん頼ればいいのかな」
「あの人ももうトータルで23年音楽やってるからね。ゆうて自作曲作り始めたのは20年前くらいか。オレら生まれてないな」
「だね」

夜の月はなんだか人をしんみりさせる。
「もし豹馬がいなくなったら、私は死のうかな」
「え?」
「だって、あんなに仲良くしてたコたちももう私に連絡してくれないし豹馬がいなくなったら私はひとりぼっちだから」

終わりかけていた音楽にボーナストラックとして歌が始まるような展開をもたらしたい。

「じゃさ、オレの存在がキミにとってのボーナストラックみたいなものになるよ。
最初ひたすら無音続いてこれで終わりなのかな? と思わせていきなり音楽でビックリさせる一昔前に流行ってた手法の......」

「ありがとう。豹馬くんからはどんな音楽が聴けるんだろう。とっても暖かいのはわかる、直感で」
彼女に避けられるんじゃないか。
そう思いつつ、笑可の小さな手を握る。
すると、彼女は握り返してくれた。

「は、恥ずかしい......」
「笑可の体温をずっと残していく。キミの頭の記憶を暗い考えごとばかりで終わらせないで。
奇妙だったり、明るいメロディで埋めつくしていって」

「......くすっ。なんか今日の豹馬変。いつになく、キザったいし。私を口説いてるの?」
「そんなつもりじゃ」
「私が平和な心で歌を紡げるようになったら、恋愛とか考えられるのかな。
豹馬くんのことは好きだよ。
でもね、今は男性と付き合うとか考えられないくらいやっぱり心の傷が深いんだ。
ごめんね、やっぱりこんな私キライだよね」

「んなわけあるか」
ボクは黙って力強く笑可を抱きしめた。
「苦しい...息ができないよ。豹馬くんが私のこと考えてくれててうれしい。
私にとってはあなたが特別な存在。
でもだからこそ慎重に考えさせて欲しいの。豹馬くんのことは好きだよ。山沢さんみたいなブサイクだけどカッコイイ人を紹介してくれたし、また3人で打ち上げしたいな。
私がサボらないよう、歌を作ろうとしてるところ見ててくれるかな?」

「見るに決まってんだろ」
父親の冷蔵庫からくすねてきたビールを半分飲んで、笑可に渡す。
困惑した顔で「どうしたの?」と聞いてくる笑可。

「酒ってどんな味なんだろと思って、家から持ってきた」
「いけないんだ。でも私も味気になるから飲んでみよ」
ビールを苦々しい顔で飲み干していく彼女。
少しして顔を赤らめて「もう酔ったかも」と笑可。

「頭がふわふわして、愉快な気持ちになってきた。へぇ、案外お酒って悪くないものね」
2人きりの少しイケナイ思春期のルール違反は明るい話をしてくる笑可にひたすら短く反応する結果で終わった。
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登場人物紹介

豹馬。

17歳。

高校生で、幼なじみの笑可が性被害に遭ったことを知り彼女の力になりたいと思う。

どこまでも笑可のことが気がかり。

自傷癖ができた彼女を心配している。

笑可。

16歳の早生まれ。

夜12時にコンビニへジュースを買いに

行こうとしたところ、性的暴行の被害に遭う。

唯一心を開ける幼なじみの豹馬に少しずつ心を開いていく。

ある邦ロックバンドのカナリアボックスを愛聴し始める。

山沢さん。

本名は山沢 正之。

シングルマザーや毒親育ち、性被害に遭った女性に対してシリアスなメッセージソングを

作ることを生きがいにしている。

さだまさしに強く憧れている。

作者がモデル。

高崎玖蘭。

24歳。19歳の頃に予備校の帰りに

ヘルメットをかぶった男にスタンガンで襲われ、性的暴行を受ける。

2年ひきこもった後、幼少期の夢であったミュージシャンになるべく過去をさらけ出し、ストリートミュージシャンからプロになった女性SSWから音楽理論を学び、無事プロになる。


笑可の音楽的パートナーへと関係が変わっていく。

彩風。

29歳のシングルマザー。

2、3歳くらいの娘を持つ。

山沢さんの人間性に惚れ、彼のパートナーになる。

性被害に遭った過去を持つ。

バンドではキーボードを知り合いなどと交代でやったりする。

沙璃奈(20)。

豹馬のバイト先の先輩でベースが上手すぎる。

尊敬するベーシストは亀田誠治と

田淵智也。

ルミ。

初期から笑可のファンでいる女の子。

15歳、性被害を受けたばかりな時に笑可に会いたいとXで彼女のアカウントにリプを飛ばし笑可が豹馬に付き添われつつ会う。


再会した時に思わぬ出来事が……

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