見習いの処遇

文字数 2,814文字

 朝食を済ませると直ぐに法院へ向かった。騎士団を出て右に曲がるとすぐに、ヴァンフォール城と揃いのような立派な建物がみえる。そこが裁判や事件の捜査を引き受ける法院だ。どこの地域にもあり中央から遣わされた役人が統括している。

 騎士団も調査に協力することがよくあり、記録は騎士団の文書庫にあるので、法院は騎士に対して概ね好意的だ。見習い二人がいきなり訪ねてきて、17年前の事件について適当に裁判官をつかまえて訊ねても、嫌な顔せずに答えてくれた。

「えっ、もういない?」

 事件を担当した裁判官はかなり高齢だったため、もう他界したというのだ。調査官や記録係も、寿命で亡くなったか流行り病でなくなったか、別の地域へ移動したかで、ほとんど残っていない。

「では、移動した人はどこの法院に行ったんですか? 手紙を送れば……」

「届くのに数日かかるだろう。返事を受け取った日には、もう十日過ぎちまってるよ」

 十日の猶予のうち、既に四日が過ぎている。アルダロンの言う通り、手紙はあまりにもじれったい手段だ。

「そう言えば、検死係の助手で若いのがいたなぁ。あいつはまだハイズンにいるぞ」

 落胆したネフィラの顔がパッと輝いた。

「見習いとして修行を積んでいたが、死体を見るのに耐えられなくなって、故郷に帰ったんだ」

 裁判官はその人物の故郷の村まで教えてくれた。

 村はヴァンフォール城からそう遠くはなかったが、歩いて一日はかかる。

「馬で行けば半日で済むわ。今から急いでいきましょう」

 二人は礼を言うと急いで法院を出た。


 フォリアは小さい馬車に乗って、朝っぱらからヘトロネア邸へ乗り込んできた。カロイブに会うためである。

「あんたに言われたから、あたしらで地下倉庫のあの娘の持ち物を調べたんだよ。まぁ残してる物は調度品とか衣服とか、そういったものばかりだから、事件の手がかりになるような物はなかったよ」

 護衛や使用人にあてがわれた部屋の一室で、カロイブはフォリアと会った。目立たないようにぺプラント商会に出向くのをやめたと言うのに、白昼堂々馬車でやってこられて、いささか迷惑といった顔だ。

「何もなかったという報告の為にわざわざお越しに?」

「それだけのために、足も悪いのにここまで来るかい」

 フォリアは警戒するように閉じられた戸口をちょっと振り返り、声を潜めた。

「妙なことに、入り口にあたしらとは別の足跡があったんだ。使用人たちにはあの部屋には近づくなって言い聞かせてあるから、恐らく誰かが忍び込んだのさ。ただの泥棒かもしれないけど、よりによって今、ただの泥棒が入るかね」

 フォリアはぎょろりと目を動かしてカロイブの表情を伺った。泥棒でなく、事件を調べている誰かだと、そう言いたいのだ。

(まさか、あの犬ころか?大胆な奴だな)

 クリフの手下が忍び込んで家探ししたのだろう。めぼしい物が無かったので、何も取らずに出たのか。

「恐らく騎士団長の手の者でしょう」

「それじゃ、みんなばれちまってるのかい?」

 早とちりして焦りだすフォリア。カロイブは掌をフォリアの顔の前に出して宥めた。

「ご安心を。何も盗まれていませんし、盗まれていたとしても、団長の犬は全て排除しますので」

 不敵に笑うカロイブに何度も念を押して、フォリアは去っていった。


「こんな時に二人でピクニック?」

 食堂でカーシャに弁当を頼むと、非難がましい目で見られた。

「ネフィラとハイズンでの最後の思い出を作るんだよ」

 冗談のような言い訳をして、アルダロンはカーシャを急かした。ネフィラは先に荷物と馬を準備している。

 カーシャは手際よくサンドイッチを作り二人分を包んで手渡した。受け取るなりアルダロンは勝手口から駆け出していく。騒々しいことだと、カーシャはその後ろ姿を見送った。

 それから食器を片付けて、昼食の下ごしらえをして、ようやく一息つけるという時、プロートが厨房へやってきた。

「おい、ネフィラとアルダロンは?」

「さぁ、出かけたみたいだけど。どうしたの?」

「副団長が見習いを集めてるんだ。宰相閣下の命令だとか」

 宰相が突然見習いを集めるとは。何が行われるのか気になる。カーシャもプロートについて行って、そっと様子を伺った。

「二人はどうした?」

 副団長が訊ねる。

「出かけたみたいです」

「何? 修練がないからと勝手に出歩いて……」

 そこへムゾールが数人の護衛を引き連れてやってきた。その中にカロイブもいた。

「これで全員だな」

「はぁ、まぁ……」

 馬鹿正直に揃っていないと答える必要はない。そもそも見習いに号令をかける意味がわからないし、団長や副団長を差し置いてそんなことをする権利もないのだから。

 ムゾールも細かいことは気にせずに、皆の前に立つと話し始めた。

「見習い諸君、君たちは騎士になるべく幼いころからここで修練を積んできた。だが図らずも過去の汚点によって騎士団は廃止することとなった。私も心が痛むが、聖剣の紛失および隠蔽というのは、許される罪ではないので、致し方ない」

(どの口が言うのよ)

 柱に隠れて見ていたカーシャは心の中で毒づいた。見習いたちの恨みがましい視線に気づいていないのか、それとも気にしていないのか、ムゾールは悠々と演説を続ける。

「現在、団長たちが騎士団なきあとの騎士および使用人たちの身の置き所を探しているが、どうもはかどっていないようだ。私にも責任の一端があるため、宰相としてヴァンフォール城の者たちの受け入れ先を探そうと思う。まずは君たちだが、15歳以下で家がある者は家族の元へ戻ってもらい、身寄りのない者は宮廷の侍従見習いとして引き取る」

 見習いたちはどよめいた。ここを出て宮中に行くのが嬉しいわけではないが、こういう状況でさえなければ、一度は行ってみたい憧れの場所だ。

「まだ確約を得てはいないが、わしの頼みであれば断られることもないだろう」

 宰相の権力を見せつけるようにムゾールは笑った。

「それから、16歳以上の者はソエーゾの士官学校に入ってもらう。騎士として修練を積んだのだから、優秀な生徒になれるだろう」

 ソエーゾはハイズンの対辺に位置する地域だ。

「軍事に関しては伝手が少なくてな、そこぐらいしか受け入れ先が無かった。言わずともわかるだろうが、ソエーゾは遠い。そこで悪いのだが、諸君は今から荷造りをして明後日、いや明日に出も出発してもらいたい」

 つまり、騎士より早く追い出されるのである。皆当然不満だった。

「お待ちください。明日とは……」

 副団長は止めようとするが、ムゾールはぎろりと睨みつけ、黙らせた。

「十日の猶予は皆の身の振り方を決めるためのもの。行く先が決まったなら、早く出てゆくにこしたことはないだろう」

 急に恐ろしい権力者の顔になり皆を威圧する。こんな処遇は納得がいかないが、誰も不満はおろか、質問すらも口に出せない。プロートはムゾールの握る力の強大さと恐ろしさを初めて理解した。
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登場人物紹介

ネフィラ

騎士団で育てられた孤児。女だが騎士見習いとして修行を積んでいる。非常に優秀で物分りがいい。クリフを敬愛している。

アルダロン

ネフィラの双子の兄弟。同じく騎士見習い。英雄グランジットのような騎士になることを目指している。素直で闊達な少年。

クリフ・パブラン

アディス騎士団団長。ネフィラとアルダロンの父親のような存在。特にネフィラをに愛情を注いでいる。生真面目で誠実なため、領民や団員からの信望も厚い。

 

ムゾール・ドルロア

トゥザリアの宰相。元は隣国シノンの貴族で亡命してきた。シュレーナ王妃の遠縁であり、シノンとの外交に欠かせない存在。そのため宮廷でも絶大な権力を誇る。

カロイブ

ムゾールの手下で凄腕の剣士。射撃もできて頭も切れる。冷酷で邪魔者は容赦なく排除する。

バージュスト・コトロネット

ネフィラとアルダロンを孤児院で育てた中年の騎士。酒好きでお気楽。

プロート・リルゴ

来年騎士に叙される見習いのまとめ役。時々優秀なネフィラに嫉妬して突っかかり、アルダロンと喧嘩する。

カーシャ・ドゥロン

ヴァンフォール城の食堂で働く娘。ネフィラの親友。

ロラン婦人

親戚を訪ねた帰りに聖剣を拝みにハイズンを訪れた貴婦人。

ダートル・ヘッグ

ロラン婦人の従者。頭脳明晰で記憶力抜群。

フィン

ロラン婦人の侍女。寡黙で愛想が無い。

フォリア・ぺプラント

ぺプラント商会の主・ガードンの母。レーニアの祖母。強欲で用心深い。

ガードン・ぺプラント

ぺプラント商会の主。フォリアの息子でレーニアの叔父。

ミロン・ヘトロネア

騎士団のあるハイズン地域の領主。オランドの父。小心者で世間の評判を気にしてばかりいる。

ストッド・フォンター

元騎士。17年前、妻を奪われそうになったためオランドを殺害し、処刑された。

レーニア

ストッドの妻。フォリアの孫娘。17年前の事件で姦通罪に問われたが、聖剣を持って逃亡し、川に落ちて死亡した。

オランド・ヘトロネア

領主・ミロンの息子。レーニアと密通し、怒ったストッドに殺害される。

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