証人
文字数 3,011文字
太陽は真上に上って優しく草木を照らしている。道のわきには小さな花がちらほら咲いており、和やかな春の風景に心も穏やかになる。
急いできた甲斐があり、昼下がりには村につけそうだ。カーシャの作ったサンドイッチを頬張りながら、ネフィラは時間を計算した。
すりつぶしたジャガイモとニンジン、玉ねぎなどの野菜を混ぜて、塩、コショウ、チーズを混ぜたサラダをバターと辛子を塗ったパンに挟む、騎士団お馴染みのサンドイッチだ。質素な食材しか使っていないが、大量に作れる。
カーシャが包んでくれたのも、一般的な二人分より少し多かった。それがちょうど良い。
なにせ二人は夕方も馬を飛ばして城へ戻らなくてはいけないからだ。
食べながら、アルダロンは昨日バージュストから聞いたストッドとレーニアの話を聞かせた。もちろん、クリフが幼い自分たちを見て、二人の生まれ変わりだと言ったことは伏せて。
「団長は二人の親友だったのね。じゃあ、事件を思い出したくないのかもしれないわ」
クリフの気持ちを慮って、ネフィラは目を伏せる。
「それにしても、おじさんの話だとストッドもレーニアも良い奴だったみたいだ。これで冤罪だった可能性も高まるよな」
アルダロンはわざと明るく言った。一つはネフィラを励ますため、もう一つは自分を励ますため。
「そうね。もしその検死係が何か知っているなら、一緒にヴァンフォール城へ来てもらいましょう」
二人はサンドイッチをたいらげると、馬に跨り道を駆け出した。
ほどなくして小さな農村にたどり着いた。村の人に教えてもらい、ブナの木が植えてある家を訪ねる。扉をたたいても返事が無かったので、裏の畑に行ってみると、痩せた男が野良着を来て畑の雑草を抜いていた。
「17年前の殺人事件? なんでまたそんな昔の話をするんだ」
草むしりを中断し、元検死役人は
「あの死体の酷いことといったら、今思い出しても胸がむかつくよ。もともと死体を見るたびに気味が悪くて寒気がしたんだが、あれは特に酷かった」
「そんなにですか?」
顔をしかめる男の様子に、ネフィラも恐る恐る訊ねた。
「ああ、切られたというか、大きな石か、太い木が突き刺さったようでもあったし、大きな爪で抉られたようでもあったし、胴体がぼろ雑巾みたいな有様で、役人や騎士様たちも目を背けてた。人間技じゃないと思ったよ」
「まるで聖剣の破壊の力でやられたみたいだ」
話を聞いて真っ先に聖剣を連想するアルダロン。伝説によれば、グランジットが怒ると聖剣の破壊の力によって、雷と氷の刃が天から降り注ぎ、その下にいた者は身を切り裂かれるそうだ。また、グランジットを殺そうと目論み、聖剣を奪いその力を借りようとした者も、オランドのような有様になって死んだと言われていた。
「そう、お前さんの言う通りだ。氷の刃に貫かれたようだと思っちまうくらいだったのさ」
あまりに酷い情景を思い出したせいで、元検死役人は胸を押さえて顔を背けた。吐き気を催すほどの惨状だったのだろう。ネフィラも想像して背筋が寒くなった。
「氷の刃なんて実際は有り得ませんけど、つまり凶器は相当太い剣だったと考えられるんですよね?」
ネフィラは腰に下げた剣を見せた。
「騎士が使っている剣ですが、これでズタズタに引き裂くなんてできませんよね」
「これじゃ無理だろうな。時間をかければ出来るかも知れんが、相当体力がいるし、死体をいじくるのが趣味な、いかれた奴以外は、わざわざ切り刻むなんてせんだろう」
やはりストッド以外の何者かがオランドを殺害した可能性がある。
「事件記録には、ストッドは騎士の剣を所持していて、これで殺したとありました。でも今の話を聞く限りでは、騎士の剣が凶器ではなさそうです。どうしてそのように記録されたのか、理由をご存知ですか?」
元検死役人は首を横に振った。
「知らんね。俺は死体が怖くて仕事がおぼつかないから、事件の調査の初日だけ参加して、あとは外されたのさ。あんなもの見せられて、もう耐えられなかったから、二日後には辞めて、ここへ戻ってきたのさ」
つまり、事件のその後については全く関わっていないと言う。ネフィラは些か落胆したが、ひとまずストッドの冤罪の可能性と記録の
二人は元検死役人にヴァンフォール城まで着いてきて欲しいと頼んだ。本人は出来れば、あんなおぞましい事件には係わり合いになりたくないと渋っていたが、ネフィラが城に滞在中は食事も部屋も用意するし、少し話してくれればそれでいいのだと熱心に説得し、ようやく了承してくれた。
「部屋を用意するって、どこに泊める気なんだ?」
「施寮院の中よ。重病人が使う部屋が空いてるから。大丈夫、ちゃんと消毒してあるわよ。それにムゾールやカロイブにもばれにくいでしょう」
二人は再び馬に乗り、来た道を引き返した。元検死役人はアルダロンの後ろに乗る。当然、彼に乗馬の経験が無く、背に乗るだけでおっかなびっくりで、最初はゆっくりとしか進めなかった。
「着くのは明日の朝になるかも」
馬を飛ばしたとしても、城下に着くのは暗くなってからだ。明朝は大げさだが、この速度だと更に遅くなるかもしれない。
明日になれば猶予はあと五日である。元検死役人に証言してもらっても、決定的にムゾールを追いつめる事はできないだろう。だが、もう少し時間を稼ぐ程度なら可能だとネフィラは考えていた。
帰ったら急いで他の検死役人に手紙を書いて、なぜ凶器の照合をせずにストッドを罪人と決めつけたのか、詳しい事情を尋ねなくてはいけない。それでこそ真実が暴けるというものだ。それに、元検死役人の証言があれば、クリフも事実を隠し通す事は出来ないと悟り、全て語ってくれるかもしれない。
その時、ネフィラの白馬が立ち止まり、しきりに耳をそばだてた。
アルダロンの栗毛も、歩を進めてはいるがどこか落ち着かない様子だった。アルダロンは何か異変が無いか周囲を見回す。
すると、前方から微かに蹄の音が聞こえた。しかも数が多い。だが道の先は木が生い茂っていて、その姿はまだ見えなかった。
「こっちに来るんだ。騎士かな、それとも他の軍隊?」
どちらにせよ道のど真ん中にはいられない。アルダロンはわき道に避けようと手綱を繰った。ネフィラもそれに倣いながら、木々が途切れる場所に注目していた。
ほどなくして、集団の先頭の姿が見えた。
「ムゾールの手下だわ!」
あの黒装束はそれしか考えられない。二人はすぐさま馬首を返し、村のほうへ駆け出した。元検死係は何がなにやらわからず、突然の疾走に振り落とされないよう、必死でアルダロンにしがみついた。
ネフィラが振り返ると、集団の全員が森を抜け出ていた。ざっと十二、三人はいる。その中にカロイブの姿も見える。
懸命に駆けるが、栗毛のほうは二人を乗せているので、普段の俊足が発揮できず、追っ手との距離は縮まっていく。
(こうなったら、私が敵を止めて二人を逃がそう)
ネフィラがそう決意した時、銃声が響き、目の前に木の枝が落ちてきた。二頭の馬は驚いて足を止める。
手綱を