カロイブとの邂逅
文字数 2,922文字
だが真実を探ろうとしたことは一度もなかった。本当に双子ではなかったら、唯一の家族を失い孤独になってしまう。一番近しい存在として生きてきた過去が嘘に変わり、自分自身も空っぽになってしまうようで恐ろしかったのだ。
「たとえ双子でなかったとしても、私たちが騎士団で一緒に育った時間は消えないわ。二人の絆も愛情も消えない」
一度だけ、ネフィラに打ち明けると、彼女は穏やかに笑ってこう答えた。双子だとか親子だとかは、所詮は関係性を分かりやすく示すための名前に過ぎない。そんなものより二人で過ごした歳月と確かな情愛があればいい。おおらかな優しさと暖かさに満ちたこの言葉は、アルダロンを勇気づけた。
だからといって疑念が消えることはなかった。そしてネフィラそっくりなストッドの肖像画を見つけ、疑惑が真実に近付いた。
現実的に考えて、レーニアがネフィラを産むなどは不可能だった。だが、ならばなぜネフィラはあんなにもストッドに似ているのか。頭の中が二つの考えが交互に押し寄せて、よく眠れなかった。
ムゾールの動向を探ってほしいと頼んだ時、アルダロンはどこか元気がなさそうだった。昨日から様子がおかしいのは、ぺプラント商会で何かあったからではないか。気がかりだったが、調査は進めなくては。ネフィラは文書庫へ向かった。
文書庫には騎士団の記録はもちろん、あらゆる行政記録や裁判記録が保管されている。騎士団が政治や裁判に携わっているわけではないが、記録を厳重に保管できるため、ハイズンの記録はヴァンフォール城内に残しているのだ。それらを管理するのも騎士の仕事の一つである。
そして、ここの文書はきちんと受付を済ませれば誰でも閲覧可能だった。もっとも領民には字も満足に読めない者が多く、騎士や貴族、それに裁判官以外はあまり訪れない。
入り口の机にはプロートが座っていた。騎士たちが皆出払っているので、受付をやらされている。ネフィラも訪れた日付と目的、氏名を紙に記し、静寂に包まれた部屋の中に入った。
まずは17年前のハイズンの財政帳簿を確認する。だが、17年前も今も、租税の取り分けは何も変わっていない。いつもどおり騎士団が全体の僅か3割を受け取っているだけである。
何かあるはずだと、目を皿のようにして記録を見ていると、17年前の冬が明けてすぐ、ペプラント商会が塩の専売権を与えられたという記録があった。しかも、それまで、塩を売ることを許可された商店はいくつかあったのだが、この時からペプラント商会一つとなっている。
(それでぺプラント家は一大豪商になったわけね)
物心ついたときには既に城下町一の大商家だったので、なんとなくずっとそうだったのだと思っていたが、こういう経緯があったのか。
しかし、事件のあった翌年すぐに専売権を与えられているのが妙に引っかかった。ぺプラント家も事件の関係者である。もしや彼らも事件の真相を知っており、口封じのため塩の専売権を貰ったのではないか。そしてムゾールに真実を教えたのも、ぺプラント家の可能性が高い。
(塩の専売権を与える権限は領主様にある。では領主様が口封じしたことになるけど、領主様がどうして真相を隠したいのかしら。騎士団がお願いしたとして、もともと仲が悪いし、息子を騎士に殺されたんだから、頼みを聞き入れるわけがないわ)
領主が事件の真相を隠したかったのなら、それは領主にとって知られたくない別の事実が有ったからではないか。やはり17年前の事件に、何か隠されている。ネフィラはそう推理した。
事件記録は右側の大きな棚にぎっしりと並べられている。ネフィラは棚の下から年代をさかのぼって17年前の記録を探し始めた。
その時、入り口の方でプロートの声がした。気になって顔をのぞかせると、黒づくめの背の高い男が机の前に立ちはだかっている。
(昨日アルダロンが
顔を見たことはないが、風貌がアルダロンが語った特徴に一致していた。
「俺が資料を閲覧してはいけないのか? 誰でも出入できる開かれた文書庫は、国中探してもこのヴァンフォール城内以外には無いとの話だが」
「入ってはいけないとは言いません。ですが何を調べに来たのか、その目的次第では、入室を断らせていただきます」
ムゾールの護衛だということはプロートもわかっている。理屈では彼を阻む理由も権利もないが、いわば騎士団の敵である人間をやすやすと通すのは癪なのだ。
「前に来た時は誰に咎められることもなかったが、ムゾール様の部下だと知った途端に態度を変えるとはな。騎士の四友の一つは誠実だったか、聞いて呆れる。宰相閣下を恨んでいるようだが、妙な事件を起こしたのも聖剣を失くしたのも全て騎士団の落ち度だ。逆恨みは醜いぞ」
何という侮辱。側で聞いていたネフィラですら腹が立った。プロートは怒って食って掛かろうとしたが、鋭い眼光に当てられて口をつぐんでしまう。
男は慣れた様子でさらさらと紙にペンを走らせ、堂々と中へ入ってきた。
「なんだ。女騎士……見習いか。そこをどけ」
見下した態度が憎たらしいが、ネフィラは黙って道を開けた。男は17年前の事件記録のある棚に向かった。
「どういうこと? あの人、前にも来たことがあるの?」
入り口の方へ戻ってプロートに尋ねる。だが、プロートは普段文書の整理などの雑用を手伝っているので、知っているわけがない。
ネフィラは机の上の紐で閉じてある紙の束を取った。これは過去の入室記録である。少なくとも半年分くらいはあるはずだ。
「おい。勝手に見るな」
プロートが元の場所に戻そうと手を伸ばしてくるが、それを避けてパラパラとページをめくりながら、机の上の記録用紙に目を走らせ。先ほど自分の下の欄に書かれた名前を確かめる。
(カロイブ……)
苗字はなかった。ネフィラは記録からカロイブという名を探す。すると、二か月前に名前があった。さらに遡ると一番古いのは四カ月前の記録で、そこから二週間に一度訪れていたようだ。全て主人の商売のため、ここ数年の交易や経済の状況を調べたい、と目的が書かれていた。
「なんで事件記録を見ているのよ。商業とは関係ないじゃない」
「俺だって知らない」
「関係があれば見てもいいんだろう? ネフィラ」
突然違う声が割り込んできて、二人は驚いて飛び上がりそうだった。いつの間にかカロイブが入り口に戻ってきている。
なぜネフィラの名前を知っているのだろうか。おそらく先ほど名前を書く時、ネフィラの名前が目に入っていたのだろう。
「取引で問題が起き、裁判沙汰になることもある。そういう事件を調べていただけだが」
「では、今日はどうしてここに? まさか商業の記録を見に来たんじゃないですよね。それに、あなたの主人は宰相閣下でしょう。商人ではないのに嘘を書いていたんですか。何かやましいことがあると言われてもおかしくないですね」
怯まず矛盾を追求するネフィラに、カロイブは珍しい動物でも見るような眼を向けた。