ダートルの方策

文字数 2,948文字

 まるでグランジットの伝説のような話だ。そんな事が現実に有り得るのだろうか。ネフィラは驚きつつ、まだ疑いを持っていた。

「私も実際に樹を見に行ったが、確かに幹から何筋も水が噴出していた。暫く経って旱魃が去ると水は止まった。私は奇妙だと思って、暫くその樹や樹が生えている周辺を調べた。突然水が噴出すなど有り得ない。何か理由があるはずだと。だが、いくら調べても樹は幹や根に水を貯める特別な種類というわけではなかったし、地形も別段変わったところはなかった。私は納得できなくて、ずっと調べ続けていたが、父にこう諭された。

 世の中では稀に奇跡が起きるのだ。そうでなければ奇跡と言う言葉は生まれていないだろう。

 と。それ以来、私は恵水樹(グナーテヴァッサバウム)について調べるのを止めた。」

「つまり、伝説はただの作り話ではないと?」

「その可能性もあるということだ」

 そうだろうか。ネフィラには理解し難かったが、冗談など言わなそうなダートルが、その恵水樹の奇跡を目撃したというからには、嘘ではないのだろう。

 では、影獅子聖剣も騎士団と国の危機を救うため、姿を現してくれるというのか。

「やはりありえない。だったらアルダロンが探しに行った時なぜ現れなかったの。それに、状況が厳しい今こそ奇跡が起きるべきだわ。聖剣は神秘の力でここに現れるべきです。いいえ、ムゾールが聖堂で鑑定する前に、偽の剣と入れ替わっていたら良かったでしょう」

 なんだか怒っているような口調になってしまった。しかし奇跡が現実に起こりうるなら、自体が深刻になる前に起きて欲しかったものだ。

「人々が希求したとき起きるから奇跡なのであって、問題が起きる前に解決していたのでは、奇跡と呼べないだろう。そもそも、それでは人々に有難(ありがた)がられないしな。

 それに、あの村では、伝説が生まれてからも何度か日照りが起きていた。だが私が幼い頃だけ、恵水樹は水を出したのだ。それ以前の日照りで亡くなった人間もいるだろうに。思うに奇跡というのは希に起きるが、時期や条件は決められておらず、ただ人々が困難を乗り越えようとする時、気まぐれに助けるものなのだ」

 一通りの見解を述べると、ダートルは気分を変えるようにひと呼吸おいて、続けた。

「お前の考えるとおり、奇跡などあてにするものではない。さっきはあくまで可能性として挙げたまでだ。私もきちんと策を考えるから安心しろ。

 まずは敵の動きを止める事が先決だ。お前が焦って勝手に動かないよう、私の考えを言っておく。ムゾールがシノンと私通した事は証拠がないので武器として弱い。だから元検死役人殺しの方を攻めるのがいいと思う」

 つまり、カロイブが殺したことを証明するというのだ。

「調べてみたところ、検死の結果、胸の傷は剣で刺されたものだとわかったそうだ。そしてカロイブはアルダロンが殺したと証言している」

「嘘です。私たちは彼の証言が欲しかったのだから、殺すわけがありません。それに、もし殺すつもりなら、村に入ってすぐに殺しています。だいたい、団長が計画し実行を命じたというなら、すぐ足がつくような殺し方をしますか?

 仮に私が計画するなら、剣を使わず毒を使います。騎士は薬草の知識を身に付けるので、毒薬についても知っています。それこそ施療院には沢山の薬草がありますが、調合によっては毒となるものもあるのです。野山によくある毒草を使えば、誤飲を捏造できますし。

 そうやって、家の中で彼に飲ませて、何事もなかったかのように出てくれば、次に誰かが彼を尋ねるまで、気がつかれません。私たちがやったという証拠も出ないはず」

 自身の言葉によってネフィラはカロイブの嘘に穴があることに気づいた。思わずダートルの顔を見ると、彼は満足そうに頷いた。

「ようやく冷静さを取り戻したな。部屋で休ませておたいのは正解だった。お前の言うとおり、クリフが計画しアルダロンとお前が実行したにしては、余りにもお粗末な筋書きだ。それに、私の予想では、他の村人たちはお前たちが検死役人と話をしていたり、連れて行くのを目撃しているのではないか?」

「はい。ある人に彼の家はどこか訪ねましたし、畑で話しているときも、誰か通りかかったかも。それに村を出るときも、彼は近所の人に一声かけていました」

 一筋の光が見えた気がして、ネフィラは興奮気味に話した。

「予想はしていたが、話が聞けて確証が持てた。他にカロイブの犯行を裏付けるような事はないか? 些細なことでも構わない」

 アルダロンを逃がすため、カロイブと戦ったのは僅かな時間であったし、最終的にカロイブが手を下すところを見ていないので、証拠になりそうな事は目撃していない。だが、道が開ける兆しがあるならと、ネフィラは懸命に記憶を手繰った。

「そうだわ……、カロイブは銃を持っていました。最新式の小型のものです。騎士団は数年前に射撃の訓練を取り入れたばかりです。しかも使っているのは大型。当然騎士は携帯していません。彼が銃を使ったかどうか定かではありませんが、銃で殺した後に剣で遺体を傷つけたなら、アルダロンの仕業と偽装できます」

 自分でも顔色が明るくなっていくのが分かるネフィラだったが、ダートルの方はあまり表情を変えず、話を聞きながら何かを思案しているようだった。それを見て、ネフィラもふと冷静になる。

「……でも、ムゾール優勢の今、いくら細かいこと言っても、ただの憶測に過ぎないと一蹴され、騎士団と二人への裁きを強行されるのではないでしょうか」

 恐る恐る尋ねると、ダートルは首を振った。

「ムゾールが強く出られるのは、今のところ多くの民衆がムゾールの言葉を信じているからだ。聖剣が偽物だとわかった時から、騎士団が後手に回ってしまって言い訳しているように見えるため、人々は自然とムゾールに同調するのだろう。ならばこちらも、民衆の力を借りる」

「どうやって?」

 ムゾールには宰相という立場と権力があるが、こちらは信頼を失った騎士団の見習いと、王妃様の命令を受けているとはいえ、ただの公爵夫人とその使用人である。

「こちらは権威も権力もないので不利だと思っているだろうが、だからこそ、うまくやれることもある。実はもう試しに一つ手を打ってみたのだが、効果があればその方法で宰相を追い詰めようと思う」

 そこへ、扉が開きフィンが薬を持ってきた。

「では私は夫人にこのことを報告するので、お前は薬を飲んで休め」

 その方法とは何か、もう少し詳しく聞きたかったが、ダートルはあっさりと去っていってしまった。

 しかし昨日の夕刻に調査を始めてから今日までの間に、解決の糸口を探し出し、既に手を打っているとは、ロラン夫人が信用するだけのことはある。

「あの、ダートルさんは、本当にただの従者なのですか?」

 訪ねるが、フィンは無言で薬を乗せた盆をネフィラの膝の上に置いた。ダートルも感情が読めないところもあるが、このフィンは更に無口で無表情だった。宮廷の使用人は皆こうなのだろうか。

 ネフィラは大人しく薬を飲み横になった。カロイブの偽証に矛盾があったというのに、昨日はそれを見落としていたのだから、いかに冷静さを失っていたかわかる。ダートルを見習おうとは思わないが、逸る気持ちを抑えなくてはいけない。
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登場人物紹介

ネフィラ

騎士団で育てられた孤児。女だが騎士見習いとして修行を積んでいる。非常に優秀で物分りがいい。クリフを敬愛している。

アルダロン

ネフィラの双子の兄弟。同じく騎士見習い。英雄グランジットのような騎士になることを目指している。素直で闊達な少年。

クリフ・パブラン

アディス騎士団団長。ネフィラとアルダロンの父親のような存在。特にネフィラをに愛情を注いでいる。生真面目で誠実なため、領民や団員からの信望も厚い。

 

ムゾール・ドルロア

トゥザリアの宰相。元は隣国シノンの貴族で亡命してきた。シュレーナ王妃の遠縁であり、シノンとの外交に欠かせない存在。そのため宮廷でも絶大な権力を誇る。

カロイブ

ムゾールの手下で凄腕の剣士。射撃もできて頭も切れる。冷酷で邪魔者は容赦なく排除する。

バージュスト・コトロネット

ネフィラとアルダロンを孤児院で育てた中年の騎士。酒好きでお気楽。

プロート・リルゴ

来年騎士に叙される見習いのまとめ役。時々優秀なネフィラに嫉妬して突っかかり、アルダロンと喧嘩する。

カーシャ・ドゥロン

ヴァンフォール城の食堂で働く娘。ネフィラの親友。

ロラン婦人

親戚を訪ねた帰りに聖剣を拝みにハイズンを訪れた貴婦人。

ダートル・ヘッグ

ロラン婦人の従者。頭脳明晰で記憶力抜群。

フィン

ロラン婦人の侍女。寡黙で愛想が無い。

フォリア・ぺプラント

ぺプラント商会の主・ガードンの母。レーニアの祖母。強欲で用心深い。

ガードン・ぺプラント

ぺプラント商会の主。フォリアの息子でレーニアの叔父。

ミロン・ヘトロネア

騎士団のあるハイズン地域の領主。オランドの父。小心者で世間の評判を気にしてばかりいる。

ストッド・フォンター

元騎士。17年前、妻を奪われそうになったためオランドを殺害し、処刑された。

レーニア

ストッドの妻。フォリアの孫娘。17年前の事件で姦通罪に問われたが、聖剣を持って逃亡し、川に落ちて死亡した。

オランド・ヘトロネア

領主・ミロンの息子。レーニアと密通し、怒ったストッドに殺害される。

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