濡れ衣

文字数 2,903文字

 菜園の騎士たちが明かりを携えて集まる頃には、副団長から二人の目撃情報がもたらされた。

「街の見回り当番の者たちが、彼らの前に灰色のマントの人物が通ったと、街の人々から聞いたそうです。恐らく二人の事かと。方向的に街道の方へ向かったようです」

 行き先は森ではなかった。二人がオランド殺害事件を調べていると知っているクリフは、そのために出かけたのだと察しがついていた。街道の先に何があるのかは見当もつかないが、恐らく手がかりがあったのだろう。

 副団長の報告では、昼間見習いを集めた時、カロイブも立ち会っていたそうだ。ネフィラの姿が見えなければ、あの男は必ず後を追うだろう。やはりカロイブが二人を拘束しているに違いない。

 クリフは慌ててもおらず、驚いてもいなかった。ネフィラの部屋に鍵をかけなかった時から、こうなる事はある程度予想できた。

 クリフも昨晩は散々逡巡した。閉じ込めてでも止めたほうが良いのか、いっそ自分の口から全てを説明し、なぜ関わるべきでないか理解させるか。しかし、ネフィラの性質を考えればどちらも無駄だろう。

 前者であれば、ネフィラは益々疑惑を募らせ、騎士団が無くなった後でも、一人で真実を調べるだろう。その時自分はネフィラを守ってやることが出来ない。後者でも、真相を白日の下に晒し、あらぬ罪を被った人間の名誉を回復させようとするだろう。それではムゾールに付け狙われる状況は何一つ変わらない。

「私はどうすればいい。教えてくれレーニア」

 救いを求めるように、指輪に語りかけた。この世にいない彼女から返事があるわけではない。しかし一人では、この難題を解決できそうに無かった。

 真実は隠し通せない。いずれはネフィラに打ち明けなくてはいけないと思ってきた。だがいざ話そうと思うと、気が重くなり、次の機会があろうと先延ばしにしてしまっていた。

 いや、ネフィラの身を案じてだけではない。真実を語れば己の恥ずべき行いを告白しなければならない恐怖も、理由の一つだった。

(これは私への罰なのか・・・・・・)

 ネフィラのためといいながら、自分の過去を知られるのを恐れていた。そのせいで、よりによってムゾールの魔の手が忍び寄る今、ネフィラが真相に近づくという悲劇が起きてしまった。

 これも運命なのだろうか。彼女が秘密を解き明かすのが今だというなら、それを受け入れる以外に道は無いのかもしれない。

 そして、彼女が自ら選んだなら、それを阻む権利は誰にも無いのだ。全ては本人の心に委ねるるしかない。その結果、彼女の身に危険が迫るなら、身を挺して守ってやるだけだ。

 明け方、窓の外が白み始めた頃、クリフはついにネフィラの部屋には行かなかった。

 いくらカロイブでも、いきなり殺すような事はするまい。幸い、彼らはクリフが見習いを使って事件を探らせていると思い込んでいる。その事を実証して徹底的に騎士団を潰すには、ネフィラを生かして利用するはずだ。

 クリフは馬に乗った菜園の騎士たちを率いて、騎馬用の門から外へ出た。松明を掲げた騎士たちがそれに続く。

 城門前の広場を通り過ぎ、街道へ出る頃には、既に深夜を過ぎていた。

「ここから街道の周辺を捜索する。二班に分かれて道の左右を捜索せよ。笛が鳴ったら、中央の道まで戻り報告せよ。いいな」

「はい!」

 クリフの号令で、騎士たちは二手に分かれて捜索を開始した。クリフも左右の班を行き来しながら二人の姿を探した。

「おーい、ネフィラー、アルダローン、二人ともどこにいるんだー」

 バージュストはひときわ大きな声で呼びかけ、茂みや木の陰を見つけると一つ一つ松明をかざして注意深く探したが、見つからない。

 笛の音を合図に街道に集まり、また散会する。これを繰り返しているうちに、二手に枝分かれした道へ来てしまった。

「どっちへ行っただろうか」

 騎士たちが街道の中心で進む方向を決めかねていると、左側の道の奥から光の珠が上下に揺れながらこちらへ近づいてくるのが見えた。松明の明かりだろう。

 ごろごろと荷車を引く音と馬の蹄の音が聞き取れる頃には、相手の姿が松明の下に浮かび上がった。それは紛れもなく黒い服を着たムゾールの護衛たちだった。

「これはこれは騎士様方、こんな夜更けに奇遇ですな」

 カロイブが馬に乗ったまま前へ進み出た。

「貴様、宰相閣下の護衛ともあろう者が、夜更けに何をしている」

「ちょうど良かった。殺人犯を捕まえましたので、騎士様方に引き渡します」

 クリフの問いは無視して、カロイブは背後の部下に手で指図した。部下は自らの後ろに積んだ荷物をドサリと落とした。良く目を凝らしてみると、それは荷物ではなく、縄で拘束された人間だった。薄汚れてしまっているが、身に着けている服には見覚えがあった。

「ア、アルダロン!」

 バージュストが叫んだ。下馬した部下に上半身を持ち上げられ、無理やり晒された顔は、確かに探していた双子の片割れだった。

「見習い騎士がこの善良な農民を殺した」

 他の部下が手際よく小さな荷車を押し出した。そこには胸から血を流した死体が一つ横たわっていた。

 アルダロンは何か主張しようとしたが、猿轡(さるぐつわ)を噛まされていて、うなり声にしかならない。

「・・・・・・なぜ見習い騎士がこの男を殺したと言える。証拠があるのか」

「この見習いは、宰相閣下の騎士団廃止命令を取り下げさせるため、17年前のオランド殺害事件の事実を曲げ、聖剣紛失を再び隠蔽しようと企んでいた。この農民は当時の検死役人で、事件の真相を知っていた。探し出して捕らえようとしたらしいが、抵抗されたので殺したのだ。見ろ、剣で突き刺した跡だ」

 カロイブは死体の胸を指し示した。アルダロンはまた何か訴えるように呻いたが、手下に殴られ地面に倒れた。

「アルダロン! 止めろ、殴らないでくれ!」

 駆け寄って助け起こそうとするバージュストを手下が阻む。

「この犬ころだけじゃない。あの小娘は更に罪が重いぞ。あいつは犯行を阻止しようとした私の部下を一人殺してるからな」

 ネフィラが初めて戦い、人を殺めた。どのような状況であろうとも、命を奪うことは罪悪感と恐怖が伴うものだ。たった一人でそれを経験させてしまった。クリフはすまなく思ったが、同時に勇敢に戦った彼女を讃えた。

「ネフィラはどこにいるんだ! お前たち、ネフィラをどこへやった!」

 バージュストがネフィラの行方を問いただすと、手下たちの表情から、微かに余裕が消えた。カロイブはその言葉を聞こえていないかのように無視し、クリフに迫った。

「団長、これは全てお前の指図によるものだ。宰相閣下から戴いた十日に間に、17年前の記録を再び改竄し、騎士団の過失を重ねて隠蔽しようとした。しかも見習いを使ってな。これは王家への冒涜と民への裏切りだ。明日になれば猶予は残り五日だったが、騎士団長自らが罪を犯したとなれば、そんな約束は気にする必要は無い。この見習いは閣下に引き渡す。それからお前の身柄も拘束する」

 部下たちが手早く縄を取り出してクリフに迫る。

「さぁ、一緒に城へ帰りましょうか、団長殿?」

 カロイブは不適な笑みを浮かべた。
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登場人物紹介

ネフィラ

騎士団で育てられた孤児。女だが騎士見習いとして修行を積んでいる。非常に優秀で物分りがいい。クリフを敬愛している。

アルダロン

ネフィラの双子の兄弟。同じく騎士見習い。英雄グランジットのような騎士になることを目指している。素直で闊達な少年。

クリフ・パブラン

アディス騎士団団長。ネフィラとアルダロンの父親のような存在。特にネフィラをに愛情を注いでいる。生真面目で誠実なため、領民や団員からの信望も厚い。

 

ムゾール・ドルロア

トゥザリアの宰相。元は隣国シノンの貴族で亡命してきた。シュレーナ王妃の遠縁であり、シノンとの外交に欠かせない存在。そのため宮廷でも絶大な権力を誇る。

カロイブ

ムゾールの手下で凄腕の剣士。射撃もできて頭も切れる。冷酷で邪魔者は容赦なく排除する。

バージュスト・コトロネット

ネフィラとアルダロンを孤児院で育てた中年の騎士。酒好きでお気楽。

プロート・リルゴ

来年騎士に叙される見習いのまとめ役。時々優秀なネフィラに嫉妬して突っかかり、アルダロンと喧嘩する。

カーシャ・ドゥロン

ヴァンフォール城の食堂で働く娘。ネフィラの親友。

ロラン婦人

親戚を訪ねた帰りに聖剣を拝みにハイズンを訪れた貴婦人。

ダートル・ヘッグ

ロラン婦人の従者。頭脳明晰で記憶力抜群。

フィン

ロラン婦人の侍女。寡黙で愛想が無い。

フォリア・ぺプラント

ぺプラント商会の主・ガードンの母。レーニアの祖母。強欲で用心深い。

ガードン・ぺプラント

ぺプラント商会の主。フォリアの息子でレーニアの叔父。

ミロン・ヘトロネア

騎士団のあるハイズン地域の領主。オランドの父。小心者で世間の評判を気にしてばかりいる。

ストッド・フォンター

元騎士。17年前、妻を奪われそうになったためオランドを殺害し、処刑された。

レーニア

ストッドの妻。フォリアの孫娘。17年前の事件で姦通罪に問われたが、聖剣を持って逃亡し、川に落ちて死亡した。

オランド・ヘトロネア

領主・ミロンの息子。レーニアと密通し、怒ったストッドに殺害される。

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