聖剣の力

文字数 2,940文字

 どうやらオランドは遊学中に少々剣の手ほどきを受けたようだ。『落ち葉踊り』の時よりは動ききが良くなっている。だとしてもストッドの敵ではなかった。憎悪を込めて果敢に剣を振り下ろしても、全て(かわ)され、最後は素手で腕をつかまれ剣を遠くへ放られてしまった。それでも往生際悪く拳を振り上げる。ストッドはそれをも受け止め、がっちりと相手の体を掴み、ころりと冷たい床に転がした。あまり力を入れていなかったが、またしても敗北した失意からか、オランドは派手に転がって聖剣が安置してある祭壇にぶつかった。

「いい加減恨みはお捨てください。こんなことを続けても私たち夫婦を引き離すことはできません」

 ストッドは教え諭すように言うと、祭壇の横の入口にいるレーニアとクリフに気がついた。

 レーニアは駆け寄ってひしとストッドに抱きつく。

「おじいさんたちがあなたを騙したのよ。私、心配でたまらなかったわ」

「レーニア、体が冷えてしまう、早く家に戻ろう」

 ストッドは身重のレーニアを気遣っていた。クリフは二人の邪魔をしないよう祭壇の下に倒れこんだままのオランドに近づいた。

「昔の恋が忘れられず、騎士ストッドを騙して呼び出し、殺害を図るとは、未遂とはいえ立派な罪です。私は一騎士として、城の中で起きたこの事件を見過ごすわけにはいきません。今から団長のもとへご同行願います」

 オランドは屈辱に身を震わせながらゆっくり立ち上がると、目をギラリと光らせて、クリフを振り払った。

「貴様ら、領主の息子たる私を罪に問うなど、思い上がりも甚だしい。咎められるべきは私を愚弄したこの男だ!」

 暴れてクリフの拘束から逃れたオランドは、目の前にあった聖剣の柄に手をかけた。

「やめろ、いくらなんでも聖剣を・・・・・・」

 ストッドの制止も届かず、オランドは剣を抜き放ち、ストッドに向けて振りかぶった。

 聖剣は真夜中の闇に漂う微かな光を受けて、銀色の刃を輝かせた。まさに聖なる力をもつ剣に相応しい美しさだった。

 だが、その輝きは一瞬にして消え失せた。同時に、生暖かい嫌な風が吹き込み、闇の中の微かな光でさえも消えうせ、どす黒い空気が立ち込めた。

 オランドの振り下ろす聖剣は熱した鉄のように赤く光り始め、禍々しい気配を放った。

 レーニアを守って壁際へ逃れたクリフは、不意に足元から振動を感じた。ゴロゴロと、雷鳴のような音も聞こえる。レーニアも不安そうにクリフを見上げた。その瞬間、聖堂内に稲妻が走った。

 クリフはレーニアに覆いかぶさり庇った。顔を上げると、暗闇の中を雷が糸のよう細く、火花を散らして縦横(じゅうおう)に駆けているのが見えた。時折先ほどのように、轟音を響かせて炸裂している。危険を感じて剣を遠くへ放り投げると、稲妻がそれを撃った。

「オランド様、剣を鞘に納めてください! このままでは皆死んでしまいます!」

「これが聖剣の破壊の力か? ちょうど良い、これでお前を葬ってやる!」

 雷から逃れながらストッドは叫んだが、オランドは聞く耳を持たず、赤く光る剣を振りかざしてストッドを追う。

 オランドを止めなければ。クリフはマントをはずして(うずくま)るレーニアに掛けてやると、雷を警戒しながら立ち上がった。だがその時、今度はぞっとするような寒気を感じた。外の寒さとは異なる痛いほどの冷気は上から降ってきている。顔を上げると暗闇の中に、青白く光る物が落ちてくるのが見えた。

 氷の刃である。ゆっくりと、まるで雪のように、しかし鋭利な先端を光らせながら、この場に降り注いでくる。クリフはすんでのところで身を翻し、なんとか刃に切り刻まれずにすんだ。多くの刃は赤い剣を振りかざすオランドの頭上に集まっていった。そしてゆっくりと降りてゆき、オランドに迫った。彼の目にはストッドの姿しか映っておらず、気付いていない。

 ストッドが、クリフが、レーニアが声を上げる前に、刃の一つがオランドの背を貫いた。続けて二つ、三つと突き刺さっていく。力をなくしたオランドの手から、禍々しく輝く聖剣が落ちた。オランドの姿は次々と降り注ぐ氷の刃に埋もれてしまった。すると聖剣はゆっくりと赤い光を消し、本来の剣としての輝きを取り戻した。同時に降り注ぐ氷の刃は小さな雹程度の大きさになり、雷も時折ビリビリと音を発するだけになった。

 グランジットの後継者以外が剣を抜けば、破壊の力でその者は身を滅ぼす。伝説通りの出来事が目の前で起こったのだ。クリフもストッドも途方にくれていたが、壁際から聞こえる(うめ)き声で我に返った。見ればレーニアが太腿《ルビを入力…(ふともも)に氷の刃を受けていた。

「レーニア! しっかりしろ!」

 二人は駆け寄って氷柱のような刃を抜こうとするが、まるで体に張り付いているかのように、動かなかった。

「くそっ、なぜ抜けないんだ!」

「落ち着け。まず聖剣を鞘に納めよう。破壊の力は完全に消えたわけではない。このまま放っておけば、いつまた暴走するかわからないぞ。素早く鞘に収めればきっと大事無いはずだ。それから医者を呼んできて診てもらおう。氷は火で溶かすなり何なりすれば、きっと助かる」

 このままではレーニアが危ない。クリフは折り乱すストッドにそう提案した。レーニアと二人の子供の命を失うわけにはいかない。ストッドは決死の覚悟で床に転がっている聖剣に近づき、素早く拾い上げると、急いで祭壇へ戻しに向かった。

 だが、鞘に刀身を収めんとしたその時、剣から神々しい白い光を放った。目も眩むような明るさは一瞬にして聖堂中を包み込んだ。まるで浄化するかのように、生暖かい風や冷気はかき消され、爽やかな陽射しに全身をふわりと包まれるような心地よさがあった。

 すると、レーニアの太腿に突き刺さっていた氷が徐々に小さくなっていった。ストッドもそれを見ていたのか、剣を握ったまま駆け寄ってくる。ストッドが(そば)へ来ると、氷はあっという間に解け、血が流れ出ていた太腿(ふともも)の傷も塞がった。

「どうして・・・・・・痛みが消えていくわ」

 レーニアは傷がすっかり消えた太腿(ふともも)を撫でながら、不思議そうにクリフとストッドを見つめた。

「これが、聖剣の癒しの力なのか・・・・・・」

 しかし、癒しの力はグランジットの後継者の手でしか発揮されないはずだ。ということは、ストッドはグランジットの末裔ということになる。

「まさか、そんなことあるわけない」

 聖剣を鞘に治めたストッドは困惑していた。彼は自分に英雄の血が流れていると、今の今まで知らなかったのだ。

「グランジットの血族は500年前に全員処刑されたわけではないのだろう。お前の両親は、王国軍の手を逃れた生き残りか、あるいは生き残りであるお前を守ってきたのではないか。だから騎士団に入るよう遺言したのかもしれない」

 クリフは出会った時に聞かされた身の上話を思い返した。親友が英雄グランジットの末裔だなどと、クリフも俄かには信じられなかった。そもそも聖剣が伝説通りの力を発揮するとは思ってもみなかったのだ。だが今目の前で起きたことは、夢でもなんでもない。ならばそう理解するしかない。

 英雄の末裔だったと知っても、ストッドに喜びや誇らしさはなかった。なぜならそれは、己が国法に記された罪人であることを意味するからだった。
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登場人物紹介

ネフィラ

騎士団で育てられた孤児。女だが騎士見習いとして修行を積んでいる。非常に優秀で物分りがいい。クリフを敬愛している。

アルダロン

ネフィラの双子の兄弟。同じく騎士見習い。英雄グランジットのような騎士になることを目指している。素直で闊達な少年。

クリフ・パブラン

アディス騎士団団長。ネフィラとアルダロンの父親のような存在。特にネフィラをに愛情を注いでいる。生真面目で誠実なため、領民や団員からの信望も厚い。

 

ムゾール・ドルロア

トゥザリアの宰相。元は隣国シノンの貴族で亡命してきた。シュレーナ王妃の遠縁であり、シノンとの外交に欠かせない存在。そのため宮廷でも絶大な権力を誇る。

カロイブ

ムゾールの手下で凄腕の剣士。射撃もできて頭も切れる。冷酷で邪魔者は容赦なく排除する。

バージュスト・コトロネット

ネフィラとアルダロンを孤児院で育てた中年の騎士。酒好きでお気楽。

プロート・リルゴ

来年騎士に叙される見習いのまとめ役。時々優秀なネフィラに嫉妬して突っかかり、アルダロンと喧嘩する。

カーシャ・ドゥロン

ヴァンフォール城の食堂で働く娘。ネフィラの親友。

ロラン婦人

親戚を訪ねた帰りに聖剣を拝みにハイズンを訪れた貴婦人。

ダートル・ヘッグ

ロラン婦人の従者。頭脳明晰で記憶力抜群。

フィン

ロラン婦人の侍女。寡黙で愛想が無い。

フォリア・ぺプラント

ぺプラント商会の主・ガードンの母。レーニアの祖母。強欲で用心深い。

ガードン・ぺプラント

ぺプラント商会の主。フォリアの息子でレーニアの叔父。

ミロン・ヘトロネア

騎士団のあるハイズン地域の領主。オランドの父。小心者で世間の評判を気にしてばかりいる。

ストッド・フォンター

元騎士。17年前、妻を奪われそうになったためオランドを殺害し、処刑された。

レーニア

ストッドの妻。フォリアの孫娘。17年前の事件で姦通罪に問われたが、聖剣を持って逃亡し、川に落ちて死亡した。

オランド・ヘトロネア

領主・ミロンの息子。レーニアと密通し、怒ったストッドに殺害される。

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