守る手段

文字数 2,903文字

 聖剣を探していたのだと言ったら、クリフに大笑いされた。

「そんなに笑わなくても……」

 川から上がって岩の上に座った。体を拭く物を持ってきていなかったので、乾くまでしばらく服は着られない。

「いや、お前らしいな」

 クリフもアルダロンの隣に腰掛けた。
「団長はなぜここに?」

「なに、少し気晴らしがしたくてな」

 そう言うクリフの顔には疲労が見えた。クリフは己の命を懸けて十日の時間をもぎ取ったのだ。ネフィラと同じように、こんな馬鹿な事をしている自分に苛立っただろうか。

「そんなことはない。お前なりに騎士団の為にと思ってくれたなら、嬉しいぞ」

 予想に反して褒められると顔がほころんでしまう。クリフは嬉しそうなアルダロンの頭をくしゃくしゃと撫でた。大きくなってからは嫌がるだろうと思って撫でてやらなかったのだが、子供の頃のような表情をされたので、つい手が動いてしまった。アルダロンは嫌がるそぶりもなく満足そうにしていた。まだ乾いていない髪から水滴がキラキラと飛び散る。

「だが、風邪をひかれてはかなわん。まだ泳ぐには早いだろう。もうやめろ」

「でも、そしたら騎士団も団長も助けられません」

 聖剣など見つかりっこない。だがそれでは騎士団廃止を覆すことはできない。何もせず、ムゾールの決定をうけいれるだけなんてもどかしすぎる。

「大丈夫だ。私もこのままやられっぱなしではいない。考えがあるから、お前たちは安心していろ」

 考えとは何か。訊いても答えてくれなかった。もしかしたら安心させるために嘘をついているのかもしれない。だが、それにしてはクリフの表情に悲壮感がなかった。

「ネフィラにも私がそう言っていたと伝えてくれ。きっと心配しているだろうからな」

 ネフィラの名前が出ると、アルダロンの表情が曇った。昨日の事を後悔しているとはいえ、喧嘩をした後、どんな顔をして会えばのかわからない。

 僅かな心の動きもクリフにはわかってしまうらしい。仕方がないので昨日の夜ネフィラと言い争ったことをすべて話した。子供っぽい事を言ってネフィラを泣かせたから、きっと怒られるだろうと思ったが、意外にもクリフは笑っていた。

「二人ともお互いさまだ。アルダロンは素直で行動力があるが、純粋すぎて少し考えが足りん。ネフィラは聡明で優しいが、物分かりが良すぎて必要な反抗に踏み切れない時がある。あちこちに気を回しすぎるのも悪い癖だ」

 滅多に喧嘩しない二人の衝突が、クリフには微笑ましく感じられた。意見を違えるのは、自分の考えと意思を持った大人に成長した証だ。17年間側で見守っていた身としては感慨深いものがある。

 騎士団を守ることは、二人を守ることでもある。そのためならば、たとえ命を落としても悔いはない。

「心配するな。お前たちはこの世でたった二人の家族だろう。すぐ仲直りできる。

 だが、これからはあまり喧嘩するなよ。アルダロン、お前がネフィラをしっかり守ってやるんだぞ。万一騎士団がなくなっても、二人で助け合って生きていくんだ」

 アルダロンはパッと顔を上げた。万一騎士団がなくなってもなんて、まるで遺言のようだ。やはり先ほどの話は嘘だったのだろうか。

 その真意を訊ねようと口を開いたが、喉から飛び出してきたのは盛大なくしゃみだった。川から上がってしばらくたつ。陽の光で体は大方乾いたが、同時に冷えてしまっていた。

「ほら見ろ。帰って施療院で薬を貰え。ついでにネフィラとも仲直りしろよ」

 クリフは促すように立ち上がり、城の方へ川の流れとは逆に歩を進めた。アルダロンも急いで服を着てその後を追う。


 施療院で医者に少し熱があると言われ、処方箋を渡された。

「薬房にネフィラがいるから、薬を分けてもらいなさい」

 仲直りしろと言われて直ぐに顔を合わせる羽目になった。アルダロンは気まずくてのろのろ薬房へ行くと、そっと中の様子を伺った。

 狭い部屋の壁にはびっしりと四角い引き出しの薬棚が並び、地面や長机の上には、かごに入った薬草や、袋に詰められた薬が乱雑に置かれていた。ネフィラはいくつかの丸椅子のうち一つに腰掛け、机に頬杖をついてぼんやりと考え事をしていた。

(きっと昨日の事を怒ってるんだろうな)

 ますます声をかけづらくなって、入り口で立ち往生していると、騎士がやってきて、アルダロンに声をかけた。そのせいでネフィラにここにいると知られてしまう。

「まだ寒いのに川に入ったなんて、熱が酷くなったらどうするつもりだったの?」

 本当に聖剣を探そうとしたらしい。それを聞いてネフィラは驚きもしたし呆れもしたが、少しだけ尊敬の念を抱いた。それでも責める口調になってしまうのは、体を心配してのことだった。施療院であれこれ手伝いをしていると、いやでも病の知識がつく。ただの風邪でもこじらせると大病になることも、ここで学んでいた。

 アルダロンは後ろめたさとばつの悪さで、まっすぐネフィラの顔を見られない。ごめんの一言を何時(いつ)言えばいいのかわからないまま、丸薬を受け取った。

「ちょっと待って。あの、話があるの」

 ネフィラは薬房にアルダロンを引き止めた。それから丸椅子にアルダロンを座らせて、薬房の扉を閉めた。

「あ、あの、昨日はごめん。色々心配なのに、馬鹿みたいなこと言って……」

 この機会を逃すものかと、アルダロンはネフィラが椅子に座ってすぐに謝った。ネフィラはアルダロンの方から謝罪したのに驚いた。謝るべきは自分だと思っていたからだ。

「謝るのは私よ。あなたなりに騎士団と団長を救おうと考えた事なのに、夢みたいだって馬鹿にした。本当にごめんなさい」

 アルダロンは、ネフィラが謝ることはないと思っていたので少し戸惑った。こうやって謙虚になれるのもアルダロンが羨む彼女の気質だ。

「ところで、話ってこの事?」

 これでお互いわだかまりは解けた。ネフィラは昨日の夜からずっと考えていた事をアルダロンに打ち明ける。

「私も騎士団を救うために何かできないか考えてみたの。聖剣を探すのは無理だし、騎士団が偽物で皆を欺いていた事実も消えない。なら、別の事でムゾールにこの決定を取り消させればいいと思うの」

 バージュストから聞いた話では、宰相が個人的に急に視察に訪れるのは稀な事だ。それを突然思いついてやって来るとは、どう考えても妙だ。しかもムゾールの来歴を聞けば、単純に能力を買われて高い地位にいるわけではないことが(うかが)える。そして宮廷で権力を握るのは容易でないことくらい、ハイズン育ちのネフィラでも想像がつく。

「権力者は叩けば必ず埃が出るのよ。ここへ来た理由だって、ただの視察じゃないのかもしれない。騎士団と関係あるかどうかわからないけど、私たちで宰相がここへ来た理由を調べてみるの。知られてはいけないような事実があるなら、証拠をつかんでそれと引き換えに、騎士団の取り潰しをやめさせるのよ」

「つまり、宰相閣下を脅すって事か?」

 流石のアルダロンも怖気づいた。だがネフィラははっきりと頷き、強い覚悟を見せた。

「少しでも可能性があるなら、何でもやってみたいのよ」

 これが騎士団を守るためネフィラが探し出した答えだった。
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登場人物紹介

ネフィラ

騎士団で育てられた孤児。女だが騎士見習いとして修行を積んでいる。非常に優秀で物分りがいい。クリフを敬愛している。

アルダロン

ネフィラの双子の兄弟。同じく騎士見習い。英雄グランジットのような騎士になることを目指している。素直で闊達な少年。

クリフ・パブラン

アディス騎士団団長。ネフィラとアルダロンの父親のような存在。特にネフィラをに愛情を注いでいる。生真面目で誠実なため、領民や団員からの信望も厚い。

 

ムゾール・ドルロア

トゥザリアの宰相。元は隣国シノンの貴族で亡命してきた。シュレーナ王妃の遠縁であり、シノンとの外交に欠かせない存在。そのため宮廷でも絶大な権力を誇る。

カロイブ

ムゾールの手下で凄腕の剣士。射撃もできて頭も切れる。冷酷で邪魔者は容赦なく排除する。

バージュスト・コトロネット

ネフィラとアルダロンを孤児院で育てた中年の騎士。酒好きでお気楽。

プロート・リルゴ

来年騎士に叙される見習いのまとめ役。時々優秀なネフィラに嫉妬して突っかかり、アルダロンと喧嘩する。

カーシャ・ドゥロン

ヴァンフォール城の食堂で働く娘。ネフィラの親友。

ロラン婦人

親戚を訪ねた帰りに聖剣を拝みにハイズンを訪れた貴婦人。

ダートル・ヘッグ

ロラン婦人の従者。頭脳明晰で記憶力抜群。

フィン

ロラン婦人の侍女。寡黙で愛想が無い。

フォリア・ぺプラント

ぺプラント商会の主・ガードンの母。レーニアの祖母。強欲で用心深い。

ガードン・ぺプラント

ぺプラント商会の主。フォリアの息子でレーニアの叔父。

ミロン・ヘトロネア

騎士団のあるハイズン地域の領主。オランドの父。小心者で世間の評判を気にしてばかりいる。

ストッド・フォンター

元騎士。17年前、妻を奪われそうになったためオランドを殺害し、処刑された。

レーニア

ストッドの妻。フォリアの孫娘。17年前の事件で姦通罪に問われたが、聖剣を持って逃亡し、川に落ちて死亡した。

オランド・ヘトロネア

領主・ミロンの息子。レーニアと密通し、怒ったストッドに殺害される。

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