双子の絆
文字数 2,993文字
クリフは懐から例の指輪を取り出して、ネフィラに差し出した。
「これはレーニアが死ぬ時持っていたものだ。形見の品だから、お前が持っていなさい。
私が真実を黙っていたのは、お前を守るために違いないが、それを隠れ蓑にして、本当は自分の罪から目を背けたかっただけなのだ。私が結婚を先延ばしにさせなければ、嘘の証言をしなければ、レーニアをしっかり見張っていれば、最悪の事態は避けられたかもしれないのだ。情けない私をどうか許して欲しい」
クリフの謝罪の言葉に、ネフィラは強く首を振った。今の話を聞けば、クリフは二人を助けるために尽力していた。領主やペプラント家、それに国法の圧力には、誰であろうと抗えなかっただろう。
「団長は私を守ってここまで育ててくれました。17年前は私の両親を助け、守ってくださったのです。感謝こそすれ、謝られては身の置き所がありません。それに引き換え私は、団長の気持ちも汲まずに、事件の真実を暴こうと勝手な事をして・・・・・・。何も知らなかったとはいえ、身勝手でした。恥ずかしいかぎりです」
これでクリフの自責の念が拭えるとは思えなかったが、今のネフィラには、これだけで精一杯だった。
一同は衝撃的な真実を飲み込むのに少々の時間を要した。蝋燭が指一本分短くなったころ、ようやくプロートが口を開いた。
「結局、聖剣を失った騎士団の罪は消えないのですね」
レーニアがなぜ聖剣を持ち出したのかは解明されたが、それで聖剣が戻るわけではない。
「オランドとペプラント夫妻の企み、そして領主様が隠した真実を白日のもとに晒せば、同じ過失でも、人々からの心象は良くなるはずです」
ストッドが濡れ衣を着せられたならば、少なくとも殺人犯を出したという騎士団の汚名は返上されるだろう。レーニアが聖剣を奪った経緯も、美談とされ同情を誘うはずだ。
「そしたらお前がグランジットの末裔だってばれる」
アルダロンが鋭く反論する。バージュストもネフィラを案じて頷く。
「そうだ、ネフィラがグランジットの血を引いている事は、絶対に知られちゃならない。団長が助けて、俺が育ててここまで大きくなったのに、むざむざ殺させるもんか」
この場にいる誰もがネフィラが死ぬ事を望んではいなかった。
「ムゾールの悪事が明るみに出れば、それで騎士団の取り潰しは食い止められるだろう」
クリフもそう見越して、文書庫の騎士たちを動かしていたのだった。
話が終わると、一同は眠気に襲われた。もう真夜中になっているはずだ。バージュストが蝋燭を吹き消すと騎士たちは眠りについた。クリフも拷問による痛みに、長い語りの疲れが加わって疲れたのか、壁にもたれて深く眠った。その両隣に座ったアルダロンとネフィラは、眠るに眠れずにいた。
「アルダロン、起きてる?」
「ああ・・・・・・」
子供の頃、寝付けずに孤児院のベッドの中で、声を潜めて喋った事は何度もあった。だが、アルダロンの返事は昔のそれとは違い、どこか硬く、ぎこちなかった。
ここで再会した時も、奇妙なほどによそよそしくなったような、そんな感覚があった。なぜだろうと困惑していたが、クリフから全てを聞いた今は、なんとなく理由がわかる。唯一の肉親だと思っていたネフィラが、実は血を分けた双子ではないと知り、孤独を感じているのだ。ネフィラだけ出自が明らかになった事や、英雄グランジットの末裔であった事も、彼に劣等感や寂しさを抱かせたかもしれない。
前に一度、アルダロンが本当は双子ではないのかもしれないと言ってきたことがあった。外見も性格も似ていないから不安になったのだろう。その時ネフィラは、血が繋がっていなくとも、二人の絆と愛情は消えないと答えた。その気持ちは今も変わっていない。
血の繋がりというのは確かに特別なものに違いない。実際、自身も出生の秘密を知り、心が大きく揺さぶられた。そして、両親が誰かわかって良かったとも思っている。だが、それが理由でアルダロンとの関係性が変わるのは嫌だった。
「私があなたと血を分けた双子でないのを、気にする必要はないわ。前にも言ったけど、私が誰の子であろうと、ここで生まれ育ち、二人で過ごした時間は決して消えない。だから私たちの絆も愛情も消えはしない。そうでしょう?」
暗い小屋の中、クリフを挟んでいるので、お互いに表情は見えない。
「確かに、俺たちが過ごした時間は消えない。でも、その意味は変わっただろう?二人の娘じゃなければ、お前は騎士になることもなかっただろうし、団長に可愛がってもらえなかっただろうし、そもそもネフィラって名前だったかどうかもわからない。俺だって、お前がいなけりゃただの孤児で、ただの見習いで、将来はただの騎士だったさ」
そうかもしれない。クリフの話を聞いたとき、今まで良くしてくれたのは二人の娘だったからだとわかった。ネフィラ個人の資質や性質を愛してくれたわけではないのだと思うと、悲しかったが、それを上回る恩を受けたからこそ、恨み言は浮かんでこなかった。
仮に自分が二人の娘でなかったとしても、クリフの生真面目で冷静沈着、公明正大なその気質は変わることはなく、今と同じように尊敬すべき団長であっただろう。
「じゃあ、もし私がただの孤児だったら、孤児院で一緒に育ったあなたは、私のことをどう思う?」
返事はなかった。顔が見えなくてもわかる。迷っているのだ。
「私は、やっぱりアルダロンのことが好きで、兄妹みたいに仲良くなれたと思うわ。
アルダロンは、私がいなくても、プロートと争うぐらいには優秀で、乗馬が得意な見習いになっていたはずよ。団長も、きっとあなたを頼もしく思って、今ほどじゃないにしても、目をかけてくれたはず。騎士になったら、尚更だったでしょう。
私が誰の娘だろうと、あなたと双子じゃなかろうと、名前が違っても、私は私だし、あなたはあなたよ。団長も他の皆も変わらないわ。だから、私を遠い存在だと思って、壁を作らないで。私は何があっても、あなたとはいつまでも双子でいたいの。血のつながりがなくても、誰よりも信頼できて、一番の理解者でいてほしいの。あなたが離れて行ったら寂しい」
寂しい、の一言がアルダロンの胸にすとんと落ちてきた。彼女もまた自分を失いたくないのだ。たとえ双子でなくても、孤独を感じる必要はないのだ。これまで通り、二人で寄り添って生きていいのだ。騎士団で、クリフやバージュストに見守られながら、生きていいのだ。
ロケットの中に肖像画を見つけたときから、胸に広がっていた不安と恐怖が、雪が溶けるように消えていった。目が潤んでいるのがわかったが、泣いていることをネフィラに知られたくなくて、唇を噛み締めて嗚咽をこらえた。
二人の会話は途切れた。だが互いに、双子の見習いに戻れたこと、そして二人を結ぶ絆がより強くなったことは、きちんと伝わっていた。