決闘と報復

文字数 2,977文字

 先ほどまでの明るい雰囲気は消えうせ、音楽は止み、若者たちも踊るのを止め、事の成り行きを見守っていた。決闘など、ストッドが受けるわけが無いが、思いつめたオランドは何をしでかすかわからない。クリフは人を掻き分け三人のほうへ移動した。

「領主のご子息たるあなたが、色恋沙汰で激怒し決闘を申し込むなど、ご自身の名を貶める行為です」

 頬を張られて、ストッドも怒らないわけがない。だがそこは(こら)えて、身を引くようオランドを説得した。しかしストッドが下手に出るとオランドはますます自制を失った。

「なんだ、貴様は戦うのが怖いのか? 戦でちょっと手柄を上げて英雄気取りだったくせに、一対一では怖くて戦えぬというわけか、全くお笑い種だ。臆病者なら大人しくレーニアを置いて去れ!」

 オランドの罵りと挑発には、さすがにストッドの目にも怒りが浮かんだ。

 ストッドはもう何も言わず、オランドを見据えたままクリフの前へ来た。
「オランド様に剣を貸してやってくれ」

「止めろ、お前が付き合ってやる必要は無い」

「大丈夫だ、殺しはしない」

 戸惑いながらもクリフは剣をはずした。ストッドはそれをオランドの目の前に突き出す。受け取ったオランドは(さや)を抜き捨てて、少し距離をとった。ストッドも対面に立ち、無言で剣を構える。見物人たちは誰一人物音を立てず、成り行きを見守る。広場は硬い静寂に包まれた。

 先に動いたのはオランドだった。剣先をストッドに向け、突進する。見物人から(かす)かに悲鳴が上がったが、クリフは勝負自体に不安を感じてはいなかった。オランドがストッドに適うわけが無いのだから。

 案の定、怒りを込めた突きはストッドに軽々と受け流され、代わりにストッドの剣がオランドに迫る。かろうじて避け、もう一度ストッドを狙うが、それも防がれ、その上剣をはじき飛ばされてしまった。拾いに行く隙も与えず、ストッドの剣がオランドの眉間にぴたりと当てられた。

「・・・・・・ここまでです。これで勝負有りとしましょう」

 ストッドは剣をしまった。オランドは悔しさに顔を歪める。命を懸けた決闘であっさり負けたうえに、慈悲をかけられるとは、領主の息子には耐えがたい屈辱であった。

「ヘトロネア家はこの地を治める領主。その一族に連なるあなたは責任あるお立場、私的な決闘で命を落とすべきではありませんし、この地を守る騎士があなたを害するのも、道理に反します。また、一時の感情であなたを殺せば、騎士の九敵の一つ、憎悪に負けた事になる。騎士としてあるまじき行いです」

 ストッドの心栄(こころば)えの素晴らしさに、見物人から感嘆のため息が上がった。ストッドがレーニアと腕を組み、楽士たちに音楽を奏でるよう頼むと、人々の間から二人を祝福し、ストッドを讃える声が上がった。その高揚の中、『落ち葉踊り』は再開され、常より活況した。

「横恋慕した挙句、決闘だなんて、ご子息様はまったく野暮な事をしたもんだ」

「それにひきかえ、騎士ストッドの何と立派な事か。ご子息様を簡単に打ち負かして、道理に反するから命は取らないと、いやはや、まさに当代一の騎士と言えるな」

「もしレーニアがいなかったら、あたしが嫁ぎたいくらいだわ」

「立派な騎士様には、そこいらの女なんか釣り合わないさ。レーニアのような美女がふさわしいんだよ」

 人々がストッドを讃える声は、完全に敗北し、ひっそりとその場を後にするしかなかったオランドを更に惨めにさせた。

「たかが商家の娘に入れあげて、決闘騒ぎを起こして無様な姿を民衆の前に晒すとは、なんて馬鹿な事をしでかしたのだ。お前はヘトロネアの家名に泥を塗ったのだ!」

 人一倍家名を重んじる父・ミロンは、息子を慰めるはずもなく、激しく叱責した。さらに、遊学と称して遠くへ追いやり、ほとぼりが冷めるまで戻るなと命令した。

 一方、ペプラント夫妻も、領主の庇護を受けられると思っていたのが当てが外れてしまい、レーニアに腹を立てていた。レーニアは高価な物を全て残し、身の回りの品だけを持って実家を飛び出した。ストッドはヴァンフォール城の傍、騎士の家族たちが暮らす一角に住まいを用意し、そこに二人で入った。

 団長はじめ、上の騎士たちも皆、騎士の教えに従い正しく行動したストッドを褒め、彼の名声は益々高まった。ストッドはすぐに正式な婚礼を上げた。

 二人の新しい生活は平穏に過ぎていった。二年後にはレーニアがその身に新しい命を宿し、まさに幸せの絶頂だった。

 だが、父に許されて遊学から戻ってきたオランドと、領主の力が欲しいペプラント夫妻はまだ諦めていなかった。両者は結託して、ストッドを亡き者にしようとしたのだ。

「商売で失敗しちまって、金が要るんだよ。もし払えなけりゃ、俺たち一家はおしまいだ」

 ある冬の日、夫妻は揃ってストッドに金を工面して欲しいと頭を下げた。ストッドも二人の人となりは良くわかっていたが、義理の祖父母から助けを求められて、知らぬふりはできなかった。

「わかりました。ですが、私も決して大金を持っているわけではありません。給金が出るまで、待ってもらえますか?」

「ああ、もちろんだとも。それから、これはレーニアには内緒にしておくれ。産み月が近いというから、気を揉ませたくないんだよ」

 この二人にも祖父母としての情が残っているのだと思わせるほどには、フォリアの嘘はうまかった。こうして夫妻はその月の最後の日、誰もいなくなった聖堂でストッドと会う約束を取り付けた。

「私からレーニアを奪い、侮辱したあの男に報復できる」

「オランド様、奴を殺した後には我らの事もお忘れなく。市場での商売許可証はしっかり用意してくださいよ」

 協力する代わりに、見返りもしっかりと要求するイドル。オランドは復讐さえ叶うなら、どんなことでもするつもりであった。

 約束の日、彼は剣を携えて真夜中の聖堂へ向かった。現れた彼を見て、ストッドは驚き、そして呆れた。あの『落ち葉踊り』からもう二年も経ったというのに、まだ諦めきれないとは。

「オランド様、馬鹿な真似はおやめ下さい」

「黙れ。私から愛する人を奪い、皆の面前で侮辱したこと、後悔させてやる!」

 オランドは剣を抜いて襲い掛かってきた。ストッドはあくまで宥めようと、剣を抜かずに攻撃を(かわ)していたが、オランドの執念は凄まじく、それにも限界があった。

 クリフはお腹の大きくなったレーニアを連れて、聖堂へ向かっていた。夕方、たまたま実家の使用人がヴァンフォール城にやってきて、世間話をした時に、祖父母がストッドと聖堂で会うつもりらしいと教えてくれた。なぜ二人がストッドに会いたがるのか。夫が戻ったら話を聞こうと待っていたが、いっこうに帰らない。嫌な予感がしたレーニアはクリフを起こして、ストッドを探しに来たのだ。

「この二年間、おじいさんたちは私たち夫婦を訪ねることすらせず、まるで他人のような態度だったのに、突然ストッドに会うなんて、裏があるに決まっているわ」

 レーニアの不安は取り越し苦労ではなかった。騎士たちが使う聖堂の横の入口が見えてきた時、聞こえてきたストッドとオランドの言い争う声がそれを証明していた。

 クリフはレーニアの体を支えながら入口まで急いだ。聖堂の中には、剣の柄に手をかけたまま抜く事ができずにいるストッドと、襲い掛かるオランドがいた。
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登場人物紹介

ネフィラ

騎士団で育てられた孤児。女だが騎士見習いとして修行を積んでいる。非常に優秀で物分りがいい。クリフを敬愛している。

アルダロン

ネフィラの双子の兄弟。同じく騎士見習い。英雄グランジットのような騎士になることを目指している。素直で闊達な少年。

クリフ・パブラン

アディス騎士団団長。ネフィラとアルダロンの父親のような存在。特にネフィラをに愛情を注いでいる。生真面目で誠実なため、領民や団員からの信望も厚い。

 

ムゾール・ドルロア

トゥザリアの宰相。元は隣国シノンの貴族で亡命してきた。シュレーナ王妃の遠縁であり、シノンとの外交に欠かせない存在。そのため宮廷でも絶大な権力を誇る。

カロイブ

ムゾールの手下で凄腕の剣士。射撃もできて頭も切れる。冷酷で邪魔者は容赦なく排除する。

バージュスト・コトロネット

ネフィラとアルダロンを孤児院で育てた中年の騎士。酒好きでお気楽。

プロート・リルゴ

来年騎士に叙される見習いのまとめ役。時々優秀なネフィラに嫉妬して突っかかり、アルダロンと喧嘩する。

カーシャ・ドゥロン

ヴァンフォール城の食堂で働く娘。ネフィラの親友。

ロラン婦人

親戚を訪ねた帰りに聖剣を拝みにハイズンを訪れた貴婦人。

ダートル・ヘッグ

ロラン婦人の従者。頭脳明晰で記憶力抜群。

フィン

ロラン婦人の侍女。寡黙で愛想が無い。

フォリア・ぺプラント

ぺプラント商会の主・ガードンの母。レーニアの祖母。強欲で用心深い。

ガードン・ぺプラント

ぺプラント商会の主。フォリアの息子でレーニアの叔父。

ミロン・ヘトロネア

騎士団のあるハイズン地域の領主。オランドの父。小心者で世間の評判を気にしてばかりいる。

ストッド・フォンター

元騎士。17年前、妻を奪われそうになったためオランドを殺害し、処刑された。

レーニア

ストッドの妻。フォリアの孫娘。17年前の事件で姦通罪に問われたが、聖剣を持って逃亡し、川に落ちて死亡した。

オランド・ヘトロネア

領主・ミロンの息子。レーニアと密通し、怒ったストッドに殺害される。

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