決闘と報復
文字数 2,977文字
「領主のご子息たるあなたが、色恋沙汰で激怒し決闘を申し込むなど、ご自身の名を貶める行為です」
頬を張られて、ストッドも怒らないわけがない。だがそこは
「なんだ、貴様は戦うのが怖いのか? 戦でちょっと手柄を上げて英雄気取りだったくせに、一対一では怖くて戦えぬというわけか、全くお笑い種だ。臆病者なら大人しくレーニアを置いて去れ!」
オランドの罵りと挑発には、さすがにストッドの目にも怒りが浮かんだ。
ストッドはもう何も言わず、オランドを見据えたままクリフの前へ来た。
「オランド様に剣を貸してやってくれ」
「止めろ、お前が付き合ってやる必要は無い」
「大丈夫だ、殺しはしない」
戸惑いながらもクリフは剣をはずした。ストッドはそれをオランドの目の前に突き出す。受け取ったオランドは
先に動いたのはオランドだった。剣先をストッドに向け、突進する。見物人から
案の定、怒りを込めた突きはストッドに軽々と受け流され、代わりにストッドの剣がオランドに迫る。かろうじて避け、もう一度ストッドを狙うが、それも防がれ、その上剣をはじき飛ばされてしまった。拾いに行く隙も与えず、ストッドの剣がオランドの眉間にぴたりと当てられた。
「・・・・・・ここまでです。これで勝負有りとしましょう」
ストッドは剣をしまった。オランドは悔しさに顔を歪める。命を懸けた決闘であっさり負けたうえに、慈悲をかけられるとは、領主の息子には耐えがたい屈辱であった。
「ヘトロネア家はこの地を治める領主。その一族に連なるあなたは責任あるお立場、私的な決闘で命を落とすべきではありませんし、この地を守る騎士があなたを害するのも、道理に反します。また、一時の感情であなたを殺せば、騎士の九敵の一つ、憎悪に負けた事になる。騎士としてあるまじき行いです」
ストッドの
「横恋慕した挙句、決闘だなんて、ご子息様はまったく野暮な事をしたもんだ」
「それにひきかえ、騎士ストッドの何と立派な事か。ご子息様を簡単に打ち負かして、道理に反するから命は取らないと、いやはや、まさに当代一の騎士と言えるな」
「もしレーニアがいなかったら、あたしが嫁ぎたいくらいだわ」
「立派な騎士様には、そこいらの女なんか釣り合わないさ。レーニアのような美女がふさわしいんだよ」
人々がストッドを讃える声は、完全に敗北し、ひっそりとその場を後にするしかなかったオランドを更に惨めにさせた。
「たかが商家の娘に入れあげて、決闘騒ぎを起こして無様な姿を民衆の前に晒すとは、なんて馬鹿な事をしでかしたのだ。お前はヘトロネアの家名に泥を塗ったのだ!」
人一倍家名を重んじる父・ミロンは、息子を慰めるはずもなく、激しく叱責した。さらに、遊学と称して遠くへ追いやり、ほとぼりが冷めるまで戻るなと命令した。
一方、ペプラント夫妻も、領主の庇護を受けられると思っていたのが当てが外れてしまい、レーニアに腹を立てていた。レーニアは高価な物を全て残し、身の回りの品だけを持って実家を飛び出した。ストッドはヴァンフォール城の傍、騎士の家族たちが暮らす一角に住まいを用意し、そこに二人で入った。
団長はじめ、上の騎士たちも皆、騎士の教えに従い正しく行動したストッドを褒め、彼の名声は益々高まった。ストッドはすぐに正式な婚礼を上げた。
二人の新しい生活は平穏に過ぎていった。二年後にはレーニアがその身に新しい命を宿し、まさに幸せの絶頂だった。
だが、父に許されて遊学から戻ってきたオランドと、領主の力が欲しいペプラント夫妻はまだ諦めていなかった。両者は結託して、ストッドを亡き者にしようとしたのだ。
「商売で失敗しちまって、金が要るんだよ。もし払えなけりゃ、俺たち一家はおしまいだ」
ある冬の日、夫妻は揃ってストッドに金を工面して欲しいと頭を下げた。ストッドも二人の人となりは良くわかっていたが、義理の祖父母から助けを求められて、知らぬふりはできなかった。
「わかりました。ですが、私も決して大金を持っているわけではありません。給金が出るまで、待ってもらえますか?」
「ああ、もちろんだとも。それから、これはレーニアには内緒にしておくれ。産み月が近いというから、気を揉ませたくないんだよ」
この二人にも祖父母としての情が残っているのだと思わせるほどには、フォリアの嘘はうまかった。こうして夫妻はその月の最後の日、誰もいなくなった聖堂でストッドと会う約束を取り付けた。
「私からレーニアを奪い、侮辱したあの男に報復できる」
「オランド様、奴を殺した後には我らの事もお忘れなく。市場での商売許可証はしっかり用意してくださいよ」
協力する代わりに、見返りもしっかりと要求するイドル。オランドは復讐さえ叶うなら、どんなことでもするつもりであった。
約束の日、彼は剣を携えて真夜中の聖堂へ向かった。現れた彼を見て、ストッドは驚き、そして呆れた。あの『落ち葉踊り』からもう二年も経ったというのに、まだ諦めきれないとは。
「オランド様、馬鹿な真似はおやめ下さい」
「黙れ。私から愛する人を奪い、皆の面前で侮辱したこと、後悔させてやる!」
オランドは剣を抜いて襲い掛かってきた。ストッドはあくまで宥めようと、剣を抜かずに攻撃を
クリフはお腹の大きくなったレーニアを連れて、聖堂へ向かっていた。夕方、たまたま実家の使用人がヴァンフォール城にやってきて、世間話をした時に、祖父母がストッドと聖堂で会うつもりらしいと教えてくれた。なぜ二人がストッドに会いたがるのか。夫が戻ったら話を聞こうと待っていたが、いっこうに帰らない。嫌な予感がしたレーニアはクリフを起こして、ストッドを探しに来たのだ。
「この二年間、おじいさんたちは私たち夫婦を訪ねることすらせず、まるで他人のような態度だったのに、突然ストッドに会うなんて、裏があるに決まっているわ」
レーニアの不安は取り越し苦労ではなかった。騎士たちが使う聖堂の横の入口が見えてきた時、聞こえてきたストッドとオランドの言い争う声がそれを証明していた。
クリフはレーニアの体を支えながら入口まで急いだ。聖堂の中には、剣の柄に手をかけたまま抜く事ができずにいるストッドと、襲い掛かるオランドがいた。