再会
文字数 2,889文字
カロイブは水の入った桶を運ばせて、アルダロンの頭を掴んで水の中に突っ込んだ。息が続かなくなっても、手を離さない。もう少しで窒息するというギリギリのところを見極めて、カロイブは乱暴に頭を引き上げる。アルダロンは大きく喘ぎ、激しく
「小娘の居場所は?」
「……し、知るもんか」
代わり映えのない答えを聞いて、また頭を水桶に押し込む。何度も同じことを繰り返しながら、カロイブは、なす術なくそれを見つめるクリフに目を
「もうやめろ」
とうとう、クリフが声を上げた。これを待っていたカロイブは、アルダロンの頭を押さえつけたまま、続きを促した。
「全て私のしたことだ。17年前の事件を改竄して、騎士団の罪を軽くしようとした。そして証人である元検死役人を殺害させた」
「小娘はどこにいる?」
「それは知らない、本当だ。ネフィラが今どこにいるのか、私が知りたい」
カロイブの手の下で暴れるアルダロンの体を見て、クリフは早口になる。カロイブはなも頭を押さえていたが、これ以上聞き出せないと思ったのか、アルダロンを引き上げてやる。
「おい、お前の団長様は、自白したくせに小娘の居所はわからないと抜かしているぞ」
息も絶え絶えのアルダロンの顔を、鞭の持ち手でトントンとつつく。
「こうしよう。三日以内にお前が小娘の居場所を吐いたら、団長の命だけは助けてやる。お前が言わなければ、殺す」
アルダロンの意識は朦朧としていたが、最後の殺すという単語だけははっきりと聞き取れた。
「……殺せ。ネフィラの居場所なんか知らない……、俺も一緒に殺してくれ」
「それはできないな。団長様曰く、お前は命じられただけでなんの罪もないそうじゃないか。ムゾール様は寛大にも見習いを許して遠方へ送ってやったことだし、殺人の罪を犯したとはいえ、殺すのは無理だろうな」
カロイブは二人を弄ぶのが愉快でたまらないといった様子で、笑みを浮かべていた。
領主・ミロンはそわそわと落ち着きなく、ヴァンフォール城の一室でムゾールを待っていた。同じ部屋にはフォリアとガードンもいたが、こちらは二人共大人しく椅子に腰掛けている。
「ちっとは落ち着いたらどうですかね」
フォリアは嗄れた声でミロンに言った。
「それが落ち着いていられるか。領民の間では、宰相閣下がシノンと通じていて、今回のことは国境の邪魔な騎士団を潰すための策略だという噂が飛び交っておる。このままでは閣下が悪者になってしまうし、閣下に協力した我がヘトロネア家まで民に貶められてしまう」
ミロンがオロオロとまくし立てているところへ、やっとムゾールが現れた。
「そんな流言飛語は捨て置けば良い。私は国法に基づいて騎士団を罰するだけだ」
噂の話を聞いてもムゾールは余裕綽々といった表情を崩さなかった。だが内心は焦りがある。ここまでやや強引な手を使ってきたのは、自分自身がよくわかっている。王都でもどこでも、強引に事を運ぶときは、必ず世論の後押しが必要だ。その噂が勢いづき王都まで聞こえたなら、何とかして騎士団を潰しても、その後警戒されて、シノンに国境を明け渡す工作が難しくなるかもしれない。
「噂なんてすぐに消えちまいますよ。それより、逃げている小娘はまだ見つからないんですかい?」
小心者のミロンと違い、フォリアは肝が据わっていた。
そのフォリアに咎めるような口をきかれて、カロイブは機嫌を損ねた。懸賞金を出しているだけの商人風情に馬鹿にされるとは。
それにしても、ここまで拷問しても聞き出せないとは予想外だった。もしかして、本当に知らないのかもしれない。
「金を出してるのに見つからないなんざ、よっぽどうまく隠れたんだろうね。なんにしても、あの娘が見つからなけりゃ、先に進まない。そうだろ?」
「その通りだ。本国からも何度も催促があった。早く見つけ出せ」
「は、全力を尽くします」
ムゾールのところには、シノンからの手紙が溜まっていた。いずれも早く事を進めろとの内容だった。うっとおしいことこの上ないが、無視すると覚えが悪くなるので、返事を書いては部下に渡している。
「団長が罪を認めました。近日処刑すると公表すれば、ネフィラは何らかの動きを見せるはずです」
恐らくネフィラは自分の居場所を突き止めない限り二人は殺されないと読んで、これまで慎重に身を隠していたに違いない。ならば、はっきり殺すと宣言すれば、尻尾を出すだろう。さすがのカロイブも、焦りを禁じえない状況だった。
ムゾールの支配下にある城から一歩外に出ると、重苦しさから解放されたようで清々しかった。カーシャは待ちに待った買い出しに心を弾ませていた。両親や他の使用人たちとともに、荷車を弾きながら市場へ歩く。空の買い物かごの中にはバージュストのへそくりも入っていた。
市場はいつになく人でごった返しているようだった。品物を求める客の他に、聖剣を拝みにきたが、城が閉鎖されているので足止めをくらい、途方にくれている人も多くいるらしかった。そして、店先での立ち話には、宰相に対する不穏な噂が上がっていた。
(城だけじゃなくて、街まで妙な雰囲気になっているわ)
それもこれもムゾールのせいだ。カーシャはこっそり滋養にいいものを買うため、こっそり両親と離れて、小さな肉屋へ向かった。
「お嬢さん」
皆からだいぶ離れたところで、声をかけられた。振り向くと、髪を引っ詰めにした、硬い表情の女が立っていた。
「何か御用ですか?」
少し警戒して尋ねると、女はカーシャの腕を掴んで、店の影に引き込んだ。抗議しようとすると、人差し指を唇に当てて見せる。静かにしろということだろうか。困惑するカーシャの前に、三人の人間が現れた。美しい貴婦人と、その使用人と思しき男。それに薄紫のドレスを着て、大きな帽子をかぶった令嬢。その令嬢が帽子を脱いで、カーシャに顔を見せた。
「ネフィラ!」
「カーシャ!会いたかった!」
思いがけない再会に、二人はひしと抱き合う。
「無事だったのね。今までどこにいたの?どうしてここに?なんでこんな綺麗な服を着てるのよ」
「こうしていれば貴族のご令嬢に見えて、疑われないだろうって、こちらのロラン夫人が貸してくださったの。あ、この方が傷の手当てをして匿ってくださったのよ。それから、実は城の外に残された騎士たちと合流できて、今は皆と一緒にいるわ。プロートもそこにいるの」
感涙に咽びながら矢継ぎ早に質問するカーシャを制して、ネフィラは手短に事情を話すと、本題を切り出した。あまり長話をすると、カロイブの手下に目撃されるかもしれない。
「実は、私たちは団長とアルダロンを救い出し、ムゾールをやっつけるための作戦を練ったの。今のところ、城と外を出入りできるのは、あなたくらいでしょう?だから協力して欲しいの」
「わかったわ。任せて、私に出来ることなら、なんでもするわ」
カーシャは力強く頷いた。