第13話

文字数 1,223文字

「予言者から、鬼族の王子が森の王国の勇者と通じ、あなたを奪おうと計画していることを聞いた。あなたを助けるようにと、大金を詰まれ、わたしはそれを引き受けた。そこでわたしは思った。あなたを助け、鬼族の王に高く売りつけよう、と。そうすれば、鬼族からも多額の金を巻き上げることができる。けれど、皮肉なことに、あなたに心を奪われてしまった。もう、誰にも渡したくはない、と。あの者たちはこの一年、あなたをよこすように、さんざん言い続けてきた。無視し続けた結果だ」
「あたくしも共に戦います」
「行ってください」
「でも……!」
 すると龍王はその長くしなやかな指でエズメラルダの頬をなでた。
「愛する人を危険な目にあわせたい男など、この世に存在しませんよ」
 胸がふるえた。それ以上、何を言っても無駄だった。
見つめあう。どちらともなく唇を重ねた。名残を惜しむように優しく舌を絡ませ合う。熱い刺激が体の芯を貫き、それが悲しみとなって胸を刺す。もう一度唇を合わせた。
「あなたの幸せを祈っている」
龍王は、苦しそうにほほえみ、最後に固く抱きしめた。
行かないで。……あたくしを一人にしないで。
心が叫んでいる。もう、どうしようもないことなのに。
体を離したそのときにはもう、龍王はいつもの誇り高い王の顔つきになっていた。数歩後ずさり、天窓を見上げる。二人に背を向け、体を縮めて高く飛び上がった。
「龍王様!」
 その姿は一瞬で銀色のうろこを持つ美しい龍になり、天窓を破って外へと飛び出した。
「あなたも、早く」
 アルハンドロがエズメラルダの手首をつかんだ。その手がふるえていた。エズメラルダはまっすぐにアルハンドロを見た。
「あたくしは、行きません」
 その手を振り払った。アルハンドロはその場にただ、立ち尽くした。

 エズメラルダは、長いドレスの裾をたくし上げた。太ももに巻かれた太いベルトにはナイフが三本と、鞭が一本。それに、小さなポケットが一つ。鞭を取り出して、軽く上下に振った。鞭はしなって、壊れずに残っていた窓枠の鉄格子に巻きついた。
「どこへ行くのだ!」
 アルハンドロがエズメラルダの腕をつかんだ。
「あの方をお助けするのです」
「あなたにそのような義理はないはず!」
 エズメラルダは強い視線でアルハンドロを見た。
「それでも、あたくしはあの方をお助けしたい」
「命を落とすかもしれないのだぞ!」
 ふっ、と、そのエメラルドグリーンの瞳がかげった。
「あの方に救っていただいた命。あの方のために失うなら本望ですわ」
「まさか、本当に彼のことを……」
 愕然とつぶやく。それ以上、言葉は出なかった。
「あの方に愛されていると感じているとき、本当に幸せでした。……あの気持ちだけは、あたくしにとっては本物だったのです」
 ほほ笑んで見せる。一転、きりりと表情を引き締め、両手で鞭を引いた。鉄格子が自分の体重を支えられそうだと手ごたえを感じると、そのまま鞭を伝い、壁を蹴って龍王があけた大きな穴へと登って行った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み