第10話
文字数 1,083文字
龍王は刃物を突き付けられている者とは思えないほどの余裕でたずねた。エズメラルダは真っ青になったまま身動きもとれなかった。
「なぜ……」
唇をかみ、アルハンドロをにらみつけた。
泣いてはいけないとわかっている。さらに強く唇をかみ、こみあげる涙をのみこんだ。龍王を抱きしめて背中を向ける。その切っ先が彼女のドレスを裂いた。アルハンドロの手元がかすかに揺らいだ。
「遅いお出ましだな」
龍王はゆっくりを体を起こし、エズメラルダをかき抱いて体を寄せた。
「散々待たせておいて、なぜ裏切った、とはずいぶんな言い草だ」
「あなたには関係ない!」
アルハンドロは歯を食いしばり、さらに一歩近づいた。これ以上近づけば、その切っ先は龍王ののどをかき切るだろう。アルハンドロは剣の名手。いくら不死身の龍王でも無事ではいられまい。
「アルハンドロ様」
エズメラルダは龍王から体を離した。
「この方を殺めるなら、先にあたくしを殺してください」
「……何を言っているのか、わかっているのか?」
アルハンドロの表情が苦しくゆがんだ。とっさに身を引くと、エズメラルダは自らその刃に吸い寄せられるように立ち上がった。後ずさるアルハンドロ。その頬からは、表情が消えていた。
「もう、遅いのです」
自分の言葉が胸を刺す。
「あたくしは、あなたの元へは戻りません」
「なぜ……」
「もう、予言者の言葉には従わぬと決めたのです」
アルハンドロはそれ以上何も言葉を発しない。
「あなた様の妃にはなりませぬ」
「あなたは自分が何を言っているのかわかっているのか?」
今、自分はアルハンドロを傷つけている。
それが心を引き裂く。わかっている。わかっているけれど、こうするよりほかにないのだ。
「ええ」
青ざめた顔でまっすぐアルハンドロを見る。
「今ここで、殺してくださいとお願いしているのです。それとも先に、あたくしたちが愛し合うのをご覧になりますか?」
泣くものか。決して涙など流すものか。
怖いものなどなかった。以前は、家族や友人、アルハンドロのことを考えると、どんな辛い目にあっても生き延びねばならないと強く思った。けれど、今のエズメラルダにはこの生活がすべてだった。この生活を失うことは、すべてを失うことに等しいのだった。
龍王と、熱く見つめあった。唇を重ねる。長い口づけのあと、龍王の胸に頬を当てて抱きしめた。
もう、遅いのですアルハンドロ様。昔、一度でも愛したことがあるというのなら、どうかこのまま、その剣であたくしの胸を突いてください。こんな女は見損なったと。……これ以上、こんなあたくしを見ないで。
もう、疲れてしまったのです。
「なぜ……」
唇をかみ、アルハンドロをにらみつけた。
泣いてはいけないとわかっている。さらに強く唇をかみ、こみあげる涙をのみこんだ。龍王を抱きしめて背中を向ける。その切っ先が彼女のドレスを裂いた。アルハンドロの手元がかすかに揺らいだ。
「遅いお出ましだな」
龍王はゆっくりを体を起こし、エズメラルダをかき抱いて体を寄せた。
「散々待たせておいて、なぜ裏切った、とはずいぶんな言い草だ」
「あなたには関係ない!」
アルハンドロは歯を食いしばり、さらに一歩近づいた。これ以上近づけば、その切っ先は龍王ののどをかき切るだろう。アルハンドロは剣の名手。いくら不死身の龍王でも無事ではいられまい。
「アルハンドロ様」
エズメラルダは龍王から体を離した。
「この方を殺めるなら、先にあたくしを殺してください」
「……何を言っているのか、わかっているのか?」
アルハンドロの表情が苦しくゆがんだ。とっさに身を引くと、エズメラルダは自らその刃に吸い寄せられるように立ち上がった。後ずさるアルハンドロ。その頬からは、表情が消えていた。
「もう、遅いのです」
自分の言葉が胸を刺す。
「あたくしは、あなたの元へは戻りません」
「なぜ……」
「もう、予言者の言葉には従わぬと決めたのです」
アルハンドロはそれ以上何も言葉を発しない。
「あなた様の妃にはなりませぬ」
「あなたは自分が何を言っているのかわかっているのか?」
今、自分はアルハンドロを傷つけている。
それが心を引き裂く。わかっている。わかっているけれど、こうするよりほかにないのだ。
「ええ」
青ざめた顔でまっすぐアルハンドロを見る。
「今ここで、殺してくださいとお願いしているのです。それとも先に、あたくしたちが愛し合うのをご覧になりますか?」
泣くものか。決して涙など流すものか。
怖いものなどなかった。以前は、家族や友人、アルハンドロのことを考えると、どんな辛い目にあっても生き延びねばならないと強く思った。けれど、今のエズメラルダにはこの生活がすべてだった。この生活を失うことは、すべてを失うことに等しいのだった。
龍王と、熱く見つめあった。唇を重ねる。長い口づけのあと、龍王の胸に頬を当てて抱きしめた。
もう、遅いのですアルハンドロ様。昔、一度でも愛したことがあるというのなら、どうかこのまま、その剣であたくしの胸を突いてください。こんな女は見損なったと。……これ以上、こんなあたくしを見ないで。
もう、疲れてしまったのです。