第15話

文字数 1,141文字

どうん、という地響きがして、大砲の球がこの塔を支える岩の一つに当たった。塔が、ゆっくり傾きはじめた。バランスをとりながら鞭を手繰り寄せて軽く動かすと、鉄格子に巻き付いていた先端がほどけた。素早く鞭を巻き取って片方の手でドレスをまくしあげた。
「間に合うか?」
 アルハンドロが目を細めて鳥獣を見た。まだ少し距離がある。エズメラルダは鞭をしまい、ベルトについた小さなポケットの中から練り爆弾を出し、指先に乗せて見せた。
「以前、『間に合わなければ、こちらから向かえばよい』、と、おっしゃいませんでしたか?」
「……覚えていたか」
懐かしそうに笑った。
壁を爆破し、その爆風を使って、遠く離れた鳥獣のもとへと飛ぶのだ。むかし何度か、ふたりでためしたことがあった。懐かしさに胸が締めつけられる。
爆弾は空気に触れ、すでに小さな煙を上げ始めている。
足元にはりつけた。
 飛び出そうと構えたときだった。
「待て」
ぐっと腰を引き寄せられた。
「二人一緒の方が遠くまで飛べるのはなかったか?」
「しかし、タイミングが」
「わたしが指示する」
アルハンドロを見上げる。真剣なまなざしで鳥獣と自分たちの距離を測る姿は、むかし胸をときめかせて見つめた、そのままの姿だった。心の底にしまっていたはずの気持ちがあふれそうになる。
それがこぼれださないように気を付けながら、アルハンドロの体に両腕を回した。あの頃よりも、たくましくなっていた。それでも、腕に感じる感触は、なにも変わらない。ほのかに感じる香のかおりに胸が締めつけられる。
「三秒後に飛ぶ」
うなずいて、すべての思いをもういちど胸にしまう。ふたり同時に体をかがめた。
 一、二。……三。
「いまだ!」
 同時に足元の壁を蹴った。宙に浮いたところで、ボン、という音とともに小さな爆発が起こり、その爆風のあおりを受けて、二人の体が勢いよく飛んだ。塔も、大きな音を立てて崩れた。
 アルハンドロが強く自分を抱くその感覚に気が遠くなりそうになる。離れないように、アルハンドロの体に回した腕に力をこめる。ふたりの体は塊になって鳥獣のいる方向へと飛んで行った。
 きゃあああっ。
 雄たけびを上げ、黒い影が近づいてくる。
このまま死んでもいい。
ふと、そんな思いがよぎったとき、体が柔らかい羽毛の上に着地した。
 鳥獣だ。体長は五メートルほど。開いた大きな羽は蝙蝠に似ている。けれど、その体は長くてごわついた毛でおおわれていた。その毛に触れたとき、懐かしい感覚がよみがえった。
「……ヒュー?」
 その名前を呼ぶと、鳥獣はもう一度、きゃあああっ、と声を上げた。
 懐かしかった。王家で育てられていた鳥獣は獰猛だったけれど、世話をするエズメラルダにはよくなついていた。特にこのヒューはエズメラルダのお気に入りだった。
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