第23話

文字数 1,245文字

ため息をかくす。
この方を、傷つけてしまった。この方の為に生きていこうと心に誓ったのに。
こんな思いでともに旅をするくらいなら、あのまま忘れ去れられた方がよかった。偽りのまま龍王様と愛を紡ぎ、その果てに命を落とすことは、それはそれで幸せだっただろうに。
けれど、どういうわけかあの、焦げるような思いはこみあげてこない。それはそれでいいのだけれど、さみしい気もした。
それほどの思いしかなかったのか、と、自分でも呆れるほどに。
その日の夜は、大きな岩の陰で越すことになった。冷えた空気の中、以前、誰かが使ったであろう火の跡に、乾いた小枝を集めて火をつけた。  
夜も更けていた。食事を終え、焚火で暖をとっていた。
ウデュは、少し離れたところに丸まって目を閉じていた。
もうあの方は、あたくしのことなど忘れてしまっただろうか。
ぼんやりと炎を見つめた。炎は今にも消えそうにちらちらと揺らめいている。
不思議だった。あれほど愛しいと思っていた。狂おしいほどに求めていた。あの人がいない世界で生きていけるのかと思うほどに。
なのに今では不思議と心が落ち着いている。まるで、楽しかった思い出の一部のように遠くからそれを眺めている。
もしかしたら、解毒の薬があたくしにまで影響を及ぼしたのかもしれない。
もしくは。
熱に浮かされていたのは、自分も同じだったのか。
だとしたら人の気持ちなど、なんとはかなく、頼りないのだろう。
自らの命を失うことさえこわくはなかったのに。
「……わたしのことを怒っているんだろうね」
 ようやくアルハンドロが口を開いた。そばに置いた小枝を折り、火にくべ入れる。
 これが旅をはじめてようやく交わした、言葉らしい言葉だった。エズメラルダは、おどろいてアルハンドロを見た。まだ、思いつめたように炎を見ている。
「どうか、そんなことはおっしゃらないでください」
 心がしめつけられるように痛む。
「悪いのは、あたくしの方なのです。あなた様のお気持ちはわかっていたのに」
「そう仕向けたのは、わたしだ」
 そしてためらいがちにエズメラルダを見た。
「まだ、あの方に気持ちが残っているのか?」
 その横顔は青ざめ、じっと炎を見つめる目は思いつめたように光を失っていた。
「もう、その話は」
 アルハンドロは、ためらいがちな視線を向けた。
「もう少し、そばに来てはもらえないか? ……あなたが、いやでなければ、の話だけれど」
 一瞬ためらった後、肩が触れ合うほど近くに座った。懐かしかった。肩に触れるぬくもり。服に忍ばせた香の香り。忘れていたはずのときめきがよみがえり、胸が高鳴った。視線を感じた。エズメラルダの首筋を見つめているのだった。
「どうか、これは見ないでください」
 その傷を手で覆った。
「なぜ隠す」
「美しいものではございませんから……」
 顔をそむけた。ひどく胸が痛んだ。こんな醜い傷を負った自分が、今までどおりに愛されるわけはない。
 そこまで考えて我に返った。
 ほかの男に気持ちを許した自分が、今まで通りに愛されると思っているのか。
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