第11話

文字数 1,276文字

「あなたは、この方に関する予言者どもの予言を知っているのか」
 アルハンドロが剣を下ろした。その顔は希望を失い、目の輝きを失っていた。そんなアルハンドロを見るのが辛くて、エズメラルダは思わず顔をそむけた。
「残念ながら」
 龍王は冷たく笑った。アルハンドロは真顔で龍王を見つめ返した。
「あなたと愛し合うことがこの方の本望ならば、もう、わたしの出る幕はない。すぐにここを立ち去る覚悟もできている」
 声がふるえていた。静かにエズメラルダを見る。エズメラルダもその視線に気づいてアルハンドロを見た。
「ただわたしは……あなたを失いたくないだけなのだ」
 ふるえる声で、つぶやいた。怒りの裏側にある本心だった。
「それは、わたしも同じ気持ちだ」
 龍王は落ち着いた声で言った。アルハンドロの表情が険しくなった。
「なら、どうしてあなたはこの方をわがものにしようとする⁉ くやしいけれど、今、この方の心はあなたに奪われている。こんなときに交われば、おそらくこの方はあなたの子を宿し、そして……!」
「人は、いつか死ぬ。永遠に生きながらえることはできないのだよ、アルハンドロ」
 心を乱したようなアルハンドロの言葉を、龍王はやんわりとさえぎった。
「気が遠くなるほどの長い命を持つわたしにとっては、彼女が今死ぬも五十年先に死ぬのも同じこと。彼女が五十年間辛きを耐え忍ぶ姿を見るくらいなら、いっそのこと短くとも、今ここで幸せを感じながらその生涯を終えるのを見届けるほうがよほどいい」
 龍王は輝きをなくした笑みを浮かべたままアルハンドロを見つめた。
「あなたが守りたいのは、あなた自身だ。ちがうか?」
 アルハンドロの表情が一瞬でこわばった。
「何を言う。わたしは……エズメラルダを……」
「この方は、すでにご自身の運命をご存じだ」
「なんだと……?」
 アルハンドロの表情があからさまにこわばった。
「あなたが言ったのか? それとも、予言者が……」
「何年、あたくしを求める者たちの間をさまよったと思われますか?」
 エズメラルダは血の気の失せた顔でアルハンドロを見た。
「あの者たちがそのような話を、あたくしの前でしないとでもお思いになりましたか」
 魔物の巣から逃げた後、行く先々で、力を持つ者たちは、「エズメラルダという女は最強の王子を生んだらそのまま死ぬそうな」と笑った。「そのほうがかえって都合がいい。よそ者を王妃として迎えたいものは誰一人としておらぬからな」「我らが欲しいのは最強の王子と聖地エルデュリア。あの女は、用が済めば売春宿にでも売り飛ばせ」酒の席でそう話すのを吐き気をこらえながら聞いた。
「あの者たちが欲しいのはあたくしの心ではない。将来産み落とすであろう最強の王子と聖地エルデュリア。あの者たちに心を奪われぬ限り、最強の王子は生まれぬ。あたくしは永遠に彼らの慰みものになる。それを恐れ、ただひたすら逃げ続けるだけの日々」
 なんとつまらない人生なのだ。
 自分で自分をわらった。
 どうせつまらないのなら、自分のできる範囲で幸せを求めるしかないではないか。それがたとえ、本物ではないとしても。
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