第17話

文字数 1,055文字

「その女を渡せ!」
 割れ鐘のような声が響き渡った。黒い雲に乗った鬼族の王子が上空から降りてきた。姿かたちは筋骨隆々の人間だが、顔は獣のよう。目はぎらつき、兜につけられた角はヘラジカのそれのように大きく立派なものだった。
 遠くから龍王の咆哮が聞こえた。それに反応したヒューが一気に高度を上げたとたん、上空を炎の塊が駆け抜けた。龍王が吐いたものだった。
 王子が炎に巻き込まれた。
 そう思ったのもつかの間、その炎の中から何か黒いものが現れた。雲だ。そしてその上に立っているのは、鬼族の王子。王子にとって火は脅威ではないようだった。
王子はニヤリとエズメラルダを見て笑った。
「これでやっと、お前もオレのものだ」
「誰がおまえなんぞに!」
 短刀を投げつけた。けれども、王子が投げつけた雷の球が当たり、反射してヒューの羽に当たった。
「ああっ!」
 エズメラルダがバランスを崩して空中に舞った。
きゃあああっ!
 ヒューが悲鳴を上げて地面へと落ちていく。
「エズメラルダ!」
 アルハンドロがとっさに腕を伸ばしたが、エズメラルダには届かない。
 そこへ、銀色の風が舞った。龍王だった。
 その大きな背中にエズメラルダを乗せ、上空高く舞い上がる。
 龍王のまわりをとんでいた龍たちのうちの一匹がヒューを背中に乗せると、もう一匹がその龍に並行するように飛んだ。アルハンドロはその背中に飛び乗った。
「その女をよこせ!」
 王子が雷の塊を投げつけた。龍王はすんでのところでそれをよけたが、はずみでエズメラルダの体は龍王の背中から空中へと舞った。
龍王と鬼族の王子。
ふたりがエズメラルダを追った。
「逃がすか!」
 王子が両手に槍を構えて振りかぶった。渾身の力で龍王へと放つ。けれども龍王はその槍をよけなかった。
龍王の体に衝撃が走った。
それでも龍王はひるまなかった。一瞬早く、前足でエズメラルダの体をつかんだのだった。
 バランスを崩した。落ちそうになるのをこらえ、力を振り絞り、上空に舞い上がる。
 エズメラルダをつかむ爪に、何か赤いものが伝って来た。血だ。振り返ると、龍王が通った後に、血の塊が点々と舞っている。
「逃げ切れると思うなよ!」
 王子の声がしたかと思うと、龍の面前に現れた。大きな槍を正面にかまえている。
「とどめだ!」
 槍を振り上げたときだった。
「そうはさせるか!」
後ろからアルハンドロが矢を放った。
「あああああああっ!」
 鬼は、背中を射抜かれた。そのまま地上めがけて真っ逆さまに落ちて行く。龍王は、雲に向かって火を吐いた。雲は炎に焼かれて霧と消えた。

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