第20話

文字数 1,103文字

「人を愛するというのは、そういうことなのではないのですか」
小さく笑った。
「どんな理由があっても、頭でわかっていても、心がその方を欲してしまえばもう、止めることなどできない。ここに来た時、あたくしは警戒していました。何も知らぬまま故郷から、家族から、そして愛する人から引き離され、ただあたくしの体を狙う者どもから逃げ回る毎日。勇者たちはあたくしの強運を求めて冒険に明け暮れ、命を落とす。あたくしの体は救われようが、気持ちは決して救われるわけではない。孤独で、もう生きている意味さえ見いだせなくなっておりました。けれども、あなた様が、そんなあたくしの心を癒してくださったのです。たしかに、あなた様のお気持ちは本物ではないかもしれません。でも、あたくしにとっては、そんなことは何の問題でもなかった」
 このままここに留まっていたい。今ここに思い焦がれたアルハンドロがいるにもかかわらず、そのような思いにとらわれる。
 けれど、それは現実でありながら、すべてが、はかない夢のようなものなのだ。
「あたくしを愛してくださり、本当にありがとうございました」
 もう一度最後に、固く、その体を抱きしめた。心が引き裂かれるような気がした。龍王はエズメラルダを見、そして意を決したように彼女から小瓶を受け取った。
 胸が張り裂けそうに痛む。
「エズメラルダ」
 強く、抱きしめられた。
「どうか、わたしのことを忘れないでほしい」
 体に熱がよみがえる。
月夜のテラスで語り合ったこと。熱く見つめあったこと。抱きしめあったこと。この一年、二人で過ごした日々がエズメラルダをとらえる。
「愛している。この気持ちが、薬によってもたらされたものなど、どうして信じることができようか」
離れたくない。この人のそばから離れたくない。
エズメラルダも強く龍王の体を抱きしめた。
けれど知っていた。
この薬を飲めば、ひとところにすべてがただの思い出に変わる。楽しかった日々も、切なかった日々も、自分と過ごした日々の感情にまつわる記憶がすべて失われる。
予言者の作る惚れ薬と解毒の薬の力はそういうものだった。薬によってもたらされた愛情が強ければ強いほど、解毒の力も強くなる。
エズメラルダはうなずいた。
痛む胸を押え、龍王を見つめた。
「今ここで、お飲みください」
 涙をこらえることができず、目を閉じてうつむいた。龍王は苦しいため息をついた。
「ここで、か」
うなずいた。
なぜ予言者は、こんなにつらい思いをさせるのか。この方の記憶からあたくしが失われても、あたくしの記憶は残り続けるというのに。
なぜ、この方があたくしを忘れる瞬間に居合わせるように仕向けるのか。
不信感と、憎しみが募る。
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