第6話

文字数 1,192文字

 龍王は近隣諸国からもうわさされるほどの美しい王であった。銀色の長くてまっすぐな髪、涼しげな眼もとをもつ王は、孤高で冷徹。誰をも信じず、誰をも近くに寄せぬ。一度抱いた女は二度と抱かぬ。逆に、抱かずに女を城の外に出すこともない。誰にも心を許さず、誰も愛さない。

 だから今回、龍王が一年もの長きにわたって最強の姫、エズメラルダを側に置き、ほかの女を寄せつけないことに誰もがおどろいた。それも、人目をはばからぬ溺愛ぶりに、ひそかに龍王を慕い、ひどい仕打ちを受けた者たちのエズメラルダに対する視線は厳しかった。
 けれどもエズメラルダは幸せだった。龍王は、略奪と破壊の民を治めるものとは思えぬほど身のこなしが優雅だった。国を出てから今まで出会ったどの国の王よりも紳士的でつつましく、賢かった。

 そして、愛に満ちていた。

 龍王は、エズメラルダのために美しい部屋と豪華な調度品、それによく躾をされた召使を用意した。
 毎日、寝る前に夜伽だといってエズメラルダの部屋を訪ね、美しいドレスや宝石を贈った。
「あなたのことを愛してしまった」
ベッドに体を横たえ、耳元でそう、ささやいた。
「このままずっと、わたしのもとにいてほしい」
「最強の王子が欲しいのですか?」
 すると龍王は悲しそうに笑った。
「わたしが欲しいのは王子ではない。あなただ」
「でもあたくしには忘れられない人がいるのです」
「忘れる必要はありません。その人のことを心にとどめたまま、わたしのことを愛してください」
 その指が体に触れるたび、全身に刺激が走った。声を上げそうになる。
 けれど、決してそれ以上のことはしない。
 優しく胸に抱き、唇を頬にやさしく押し付ける。そのまま首筋へと。最初に会ったときに自らつけた傷。その傷跡に優しく唇を這わせる。
「あなたは危険だ」
 龍王は言った。
「これ以上近づくと、自分を抑えることができなくなる。あなたを、傷つけてしまう」
 そう冗談めかして言った。

 エズメラルダにとっては、それでも十分幸せだった。

 あの方のお心があたくしから離れてしまったのか? いや、ほかに愛する人が現れたのだろうか。

 まさか。

 一抹の不安がおそう。
 その不安を、頭の中で必死に打ち消す。
 心がちぎれそうだ。
 アルハンドロの時と同じだった。信用し、心を奪われてから冷たく手の平を返される。
 あの方のことを忘れられずにいることが、お気に召さなかったのか。
 苦しいため息をついた。
 アルハンドロ様。
 エズメラルダは思った。

 なぜ助けに来てくださらない? わたしに武術を教え、剣術を指南したあなた様なら、どのような魔物の類にも負けますまい。もう、あたくしは待ちつかれました。どうか、あたくしを解放してください。他の方を愛させてください。それが無理なら、いっそのことどこぞのどなたかを王妃にお迎えください。

 胸がよじれるほどの苦しみに、声を殺して泣いた。

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