第19話

文字数 1,051文字

「解毒の薬です」
 涙を飲みこんだ。
「解毒……」
「あなたは、予言者たちからあたくしを救うように、と依頼されたとおっしゃいました。その時、なにか飲み物に口をつけませんでしたか?」
 龍王はわずかに目を細めた。
「茶を……。あの茶に口をつけるのが礼儀だと予言者が……」
「薬を仕込まれていたのです」
「薬……?」
 口に出すのははばかられた。後ろめたい気持ちに、言葉が出てこない。
「あの者どもは、わたしになにを……」
「惚れ薬ですわ」
 エズメラルダは苦しい息でつぶやいた。全身の血が地面に吸い込まれていくような気がしていた。龍王も、顔色を変えた。
「あなた様はせんより、あたくしのことなどはただの人質としてしか思ってらっしゃいませんでした。予言者は、あなた様が金を受け取り、その後に鬼族の王にあたくしを売り飛ばす算段も最初から知っておりました」
 真偽を問うようにエズメラルダを見つめる。涙をこらえているのを見て、それこそが真実なのだと悟ったようだった。
 龍王の気持ちは本物ではない。むしろ、メスとしての自分にさえ興味を持っていなかった。エズメラルダはすべてを承知したうえで、そこに心をゆだねたのだ。
「あの者たちにとって鬼族は、何があっても組したくない相手。そこで、心と体の傷がいえるまでの間、あたくしをかくまう場所が欲しかったのです。あなた様があたくしを思ってくださるそのお気持ちは、薬によってもたらされたもの。偽りなのです」
「なぜ、そんなことを……」
 言葉を失った。
「あたくしの純潔を守るためですわ」
 ため息と一緒に吐き出した。
「あの者どもは、あたくしを狙う男たちの目的があたくしの体にあることは百も承知。あなた様は誰も愛さないお方でした。けれども、女の体を愛さないわけではない。そしてあなた様も、あたくしが愛する方との子を成せば命を落とすとご存じでした。もし、あなた様があたくしを本気で愛してくだされば、決してあたくしに手を出さない。あなた様にそれほどの強い意志があることをあの者たちは知っているのです。彼らにとっては、人の心など取るに足らぬもの。利用できるものはすべて利用する。今回あたくしを呼び寄せたのは、もう、限界を感じたから」
「限界……」
「この方と愛しあいたい。たとえ命を落としたとしても、構わない。あたくし自身がそう、思ってしまったから」
「なんてことだ……」
 龍王は頬を震わせた。苦しい表情でエズメラルダを見た。
「あなたはすべてを知った上で、それでもわたしを愛したと……?」
 エズメラルダは小さくうなずいた。
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